灰色 うさぎの物語 2


「みんなあのうさぎに騙されてる!」
鍾会はぷんぷんしながら布団をかぶっていた。
とりあえず仮病を使って欠勤しているため、布団の中にいよう、その程度の律儀さはあるらしい。
黒猫の姫は、そんな鍾会にかまわず、外に遊びに出ているようで、いくら呼んでも戻ってこない。
「まったく、外泊を覚えるとすぐ悪さするんだから。」
と、まるでどこぞの父親のような悪態をつくが、当の自分はどうなんだ?というのは全く念頭に無いらしい。
ペットはいつだって、飼い主に似ているのだ。
・・・例外もいるようだが。


うさぎは、庭石の上で日光浴をしていた。
フワフワの毛がそよ風になびく。秋の終わりの庭はもう既にかなり冷え込むのだが、日だまりはまだ充分温かい。
うつらうつらと目を細め、こく・・・っと船を漕ぎだした頃・・・。
その時に、す・・・っと手が伸びてきて、うさぎの耳をすう・・・っと撫でた。
うさぎはびっくりして、目を見開く。
「ああ、驚いたか?」
足音もなく近づいた司馬師が、うさぎの耳を撫でていた。
うさぎは逃げたかった。
どうも、司馬師は苦手なのだ。
この妙な威圧感、妙な空気、優しいような、それでいてどこか底知れない冷たさを感じる司馬師。
毛が逆立ち、ふるふると体中に震えが来る。
「・・・腰抜かしたか、馬鹿め・・・。」
ふっと鼻で笑い、でも耳を撫でている。
「そういう態度だと・・・抱っこするぞ?」
「!」
今度こそ、本当に腰を抜かした。
目からは涙が、その目も恐くて開けていられない。毛は倍くらいにふくれているのに、体は縮こまっている。
同じ匂いのする弟の方は平気なのに、むしろ優しいのに、なんでこの兄は駄目なんだろう?
別に虐められたわけでも、叩かれたわけでもないのに、何故か恐い。
それが何故かなんて、 そんなことはうさぎにはわからない。
ただ、とにかく恐かったのだ。
司馬師は、ただそんなこのうさぎを可愛いと思っているだけなのだが。
「と、いじめてても仕方がないから行くか。・・・じゃあな。」
そう言うと、司馬師は手を離し、去っていった。
そして、目を開くと目の前に、お菓子がいくつか置いてあった。
司馬師は、わざわざこのお菓子をもってきてくれたのだろうか、それは解らない。
ただ確実なのは、とりあえず震えさせてから置いていった、それだけだ。


「おや、お菓子を貰ったのか?」
曹髦が近づくと、耳を倒して頭を撫でられるのを待つ。
ほっとして、思わず鼻をすりつけた。
「お前がかわいいから誰かがくれたんだねえ、きっと。・・・・さ、出掛けるよ。」
撫でながら抱き上げ、持っていた籠に入れる。
「今日は初めての外出だよ。・・・その前に、お風呂ね。」
お風呂。当然、うさぎには初体験だった。
生温いお湯に付けられ、何かいい匂いのするものをつけられ、指先でマッサージされる。
お湯は気持ちが悪いのだが、ふれられるのは気持ちよかった。
「別に臭くはないんだけどね、綺麗にしてたほうがきもちいいだろう?」
そう言いながらせっせと洗ってくれる曹髦に、とりあえず目を細めておいた。
洗い終わり、柔らかい布で拭かれて、毛にふわふわとした感触が戻ってきた。
何か甘い香りが付けられているのだが、なんだか解らない。
でも、そうされてることが「好かれている」とわかるので、何だか気分が良かった。


曹髦の腕にうさぎが抱かれ、司馬昭に籠を持たせる。
「な・・・なんで私が・・・籠係・・・・」
「護衛だから。」
「・・・・・・・・・。」
司馬師は留守番。自分が一緒だとうさぎも鍾会も怯えることをわかっているので、いいのだ。
息抜きなんだから、気分良くしてやらないと、という程度の大人の配慮は持っている。
「昭、よろしく。」
「・・・兄上・・・兄上が行けば・・・・」
「大将軍まで宮中を留守には出来ないからな。」
そして、にっこりと笑った。
「陛下に何かあったら首が飛ぶな、昭。」
「・・・・・」
「このクビは、これだぞ?」
そして、司馬昭の首筋をつつく。
「あ・・・兄上〜〜〜」
「じゃ、頑張って。」
そう言われてあっさりと追い出された。
そのうきうきした態度は、まるで何かろくでもないことを願っているようでさえあり、司馬昭は行く前からどっとつかれた。
とりあえず司馬昭は、引きつりながら馬に乗る。
「よろしくね。」
「・・・はあ・・・・」
曹髦の、いかにも社交辞令、な言い方にとりあえず頷くしかできない司馬昭。
こんな、うさぎ籠(しかも花入り)を持って洛陽の町を練り歩くなんて、誰かに見られたら・・・と思うと、恥ずかしくてやってられない・・・。
曹髦はいい、車の中だからうさぎといちゃついていようが見られることなど無い。
そもそも、なんで士季なんか見舞いに行くのだ?
私だって行かないぞ。
それに、何か仮病臭を感じる・・・。と、司馬昭はつきあいが長いだけ、鍾会について見抜いていた。
どうせみんな(というより曹髦)がうさぎにちやほやして自分にかまわないから、拗ねているだけだ、と。
考えながら、車の横にぴたりとついて、馬を進める。
町中で、みなが道を避けてこちらを見ているが、ふと視線を滑らせた先に、司馬昭の目に、なかなか美人の女が映った。
・・・お、いい女・・・・・・・ん・・・・・?
ラッキーと思いつい見入ってしまう・・・が、近づくにつれ、それは良く知っている人間に似た顔になっていった。
でも、まさか。こんな町中に、無防備にいるわけはない。
深窓の育ちなのだ、こんなところをうろうろと・・・と、心は否定しつつも、視覚は彼女を確実に捕らえ、肯定していた。
「な・・・・あ・・・・・あああああ!!!!!」
「お父様〜〜!!」
「父上〜〜〜!!」
「殿〜〜〜!!」
まさかと思ったが、 王元姫と、下の息子二人・・・司馬攸と兆だった。
「こんな町中で・・・なにみっともない真似を・・・!!」
「あら、ちょっとお買い物ですわ。この子達には社会勉強させないと。ねーえ?」
そして、意地悪っぽい目つきで 花かごを見て、くす・・・・と笑う。
「あらあ・・・私には花の一つも下さったことがないのに。」
「・・・・・・」
「士季殿のお見舞いなんですってねーえ? ・・・ふうん・・・・」
こ・・・これには深いわけが・・・と言おうとしたが、まさか、帝がここにいるなんて言えない。
あくまで、「要人の警護」となっているのだ。
「お気を付けていってらっしゃいませ。・・・・ふふふふ・・・・」
「お父様いってらっしゃい!」
「父上、がんばってね!」
にこにこと手を振る三人の背後に、何か訳のわからない空気が渦巻いているのが見える。

・・・一体誰がこんな事をばらした・・・・ていうか、兄上か・・・・

司馬昭はがっくり、脱力した。
そもそも、遠目に「お、いい女」と思ってしまったのが妻だったのは、良いことなのか、あるいは情け無い極致なのか。
花かごを見られたことと言い、何か、自分は陰謀に巻き込まれてる気すらした。
みんなで自分をからかうのが、宮中で流行しているのか?
「・・・あなたもいろいろ、大変そうだね・・・・」
「はい・・・・」
曹髦が車の中からこっそり声をかけた。
司馬昭は、一気に疲労が増している。だが、責任転嫁は魏末人の得意技。
・・・そもそも、全て士季が悪いんだ。仮病なんか使うからだ。・・・覚えてろ・・・。


ほどなく鍾会の家につくと、とりあえず青白い顔で鍾会は、この高貴な来客を出迎えた。
わざとらしく、ごほごほ咳き込んでみせる。
青白いのは単に色が白いだけ。
「私が押し掛けたんだ。今日は無礼講。むりしないで。・・・ほら、士季の兄弟だよv」
「・・・・・・・」
目の前にうさぎを突き出される。両脇を持って、お腹が見える位置で突き出されたうさぎ。
鍾会が何か言おうとした矢先、うさぎの後ろ足キックが彼の鼻先に炸裂した。
「あ!士季・・・ごめん・・・・」
「いえ・・・」
痛くは無い。全然痛くはない。
だが、足で蹴られたという屈辱。
そしてうさぎは、大きな目をくりくりさせて、「怒ってる?」みたいな目で自分を見上げてきた。
・・・こ・・・コイツ・・・・!!
指先ではじこうと延ばした鍾会の指を、今度は舐めた。
「あ・・・謝ってるみたい・・・・」
「・・・・・・・!!!!」
鍾会は思わず、荒く鼻息を吐いた。
ここでうさぎの鼻先をはじいたら、自分が極悪人じゃないか!!!
・・・やるな・・・このうさぎ。
口元は笑っているが、整った眉がぴくりと引きつる。
司馬昭だけがそれを見逃さず、心の中でせせら笑った。
・・・ふん、仮病なんか使うからだ、ばかもの。
鍾会は、仕方なく、うさぎを抱き上げる。
得意げな顔をしているうさぎ・・・こうしてみると、鍾会の目にもとてもかわいらしく映り、確かにすさんだ心が和むのは理解できる。
よく考えれば、うさぎ相手にやきもちを妬くのも馬鹿馬鹿しい。
「あ!いい匂い・・・」
「さっきお風呂に入れたんだ。お出かけだからね。」
「・・・お風呂・・・ですか・・・・」
いつもより心なしか柔らかい毛を撫でながら、鍾会は苦笑い。
そういえば、自分も昨日は猫の姫を風呂に入れたんだった・・・。
どこでも、飼い主の考えることは一緒である。
「ちょっと庭に出ませんか?」
「ええ、いいですよ。」
「じゃ、昭はここにいてね。」
「・・・はい。」
どーーーーっせ、人の目を盗んでろくでもないことでも企んでるなこいつら・・・とは思ったが、司馬昭はあえて大人しく言うことを聞いた。
ふと、思いついた事があったからだ。


鍾会と曹髦は庭に出る。
秋の夕暮れ近い空気は既に冷たい。
うさぎは曹髦の腕に戻され、小さくなっている。
まだ少し温かさの残る石に腰掛けると、鍾会にも隣りに座るように促した。
「ああ、綺麗な夕焼けですね」
「沈む日が綺麗ですね・・・」
空を見て同時に呟き、そして二人して吹き出す。
「やだなあ、いつも士季とは同じような事を言ってしまうんだな。」
「似てるんですよ、きっと、中身が。」
鍾会は嬉しそうに言ったが、曹髦は、それはそれでちょっと嬉しくない・・・そう思った。鍾会の評判を聞く限り、誰だってそう思うだろう。
「今日はお見舞い、有り難うございます。」
「いや、私もたまには宮中から出たいから、いいんだ。」
「そうですか。・・・でも、嬉しいですよ。・・・これはお礼。」
そう言うと、曹髦の頬に軽く口づけをした。
「ん・・・もう一回。こんどはこっち。」
「どうぞ。」
鍾会は、今度は曹髦の肩を抱き、その唇に口づけをしようとしたその時・・・・。
「ん?」
曹髦が、ちょっと待って、と言うように鍾会の唇に指をあて、そして、膝の上のうさぎを見る。
うさぎは、まるで頬袋に食べ物をいっぱいためているような、そんな膨らんだ頬をしていた。
「・・・?? なんだ、頬袋に何か入れてるのか?」
「ぷくっとしてますねえ。でも、うさぎに頬袋なんてあるんですか? リスじゃあるまいし・・・」
鍾会がえいっとばかりにその頬を指でつつくと、ぷしっとつぶれる。
明らかに、空気で膨らんでいたようだ。
「・・・もしかして、怒ってる?? 」
「怒ってるみたいですね・・・・」
二人は顔を見あわせた。
しかも、うさぎは今度は、ごほごほ言い出した。
「・・これは、咳? 風邪でもひいたのか?? た、大変だ!!寒かったのかな?」
「そうみたいですね。」
鍾会は、もう引きつりさえもしなかった。
自分たちよりふかふかの毛皮を着ているうさぎが、寒い訳ない。
明らかに、意図的に邪魔をされた。しかも、仮病という高等技までいつの間に覚えたのだ。
「もう、日も沈みます、中へ入りましょう。」
そう促した。だめだ、見た目の可愛げで、何かすれば自分は悪人。その展開だけは避けたい。
・・・そして、曹髦は大事そうにうさぎを腕に抱き、先に立って歩き出した。
と、ちらりとうさぎが腕越しに鍾会を見た。
鍾会の目には、まるでそのうさぎがにやりとしたように、やはり見えてしまったのだ。
うさぎにライバル視されている自分。そして、そのうさぎをライバル視する自分。
どうもこいつとは、長いつきあいになりそうだなと、覚悟を決めた、秋の夕暮れであった。


「よ、姫。」
司馬昭は中で待ちながら、鍾会の猫に声をかけた。
外泊からお帰りらしい。尻尾を高く立てて、気取って近寄ってくる。
「お前の飼い主、案外馬鹿だよな。今夜、寝台で大暴れしてやれ。」
「にゃ?」
「浮気するな馬鹿野郎ってな・・・ってお前も浮気者か・・・」
ふと言いながら、自分の妻を思いだした。
・・・馬鹿野郎とは言わない。でも、きっと今夜は冷たいだろうな・・・。
そう思うと、少し寂しい気もした。何だかんだ言いつつご機嫌取りに走るのは、長年の、王元姫の教育の賜だろう。
「よし、姫。そんな浮気男はほったらかして、今日は私の家へ行こうな。豪華刺身盛りでもてなしてやるぞ。」
「みゃv」
「寒いからな、お前は重宝するよ。」
王元姫はねこ好きだし、きっとこれで機嫌は取り返せる、そう思って姫を抱き上げた。
鍾会の怒りより王元姫の怒り、あの静かな微笑が一番恐いのだ。
それに、鍾会の機嫌の方が、簡単に取り戻せる・・・などと考えている司馬昭。

結局鍾会は、一人残される羽目になるのだが、まだ気付いていない。

曹髦は、胸に抱く 士季うさぎを手で持ち上げ、背中の匂いを嗅ぐ。
日だまりの、草と木の香りがした。
甘い、自然の匂い。
ふわふわした外見といい、どこか見る者の気持ちを柔らかくする、うさぎ。
「かわいいなあ、お前は。」
それでも言っている意味がわかるのか、曹髦の手をぺろぺろ舐める。
大好きだよ、とでも言うように。
そんな様子を見ながら、ま、いいか・・・とは思えない鍾会。
彼が特別心が狭いのか、このうさぎが悪いのかは主観によって考え方の変わるところ。

これが彼とうさぎの、戦いの序盤であった・・・・・かどうかは、誰もしりません。



おわり


うさぎ物語り。グレーうさぎ王国のうさぎは、やっぱり灰色なのですよv
祭りでは終わりますが、もしかしたら続くかも・・・。


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