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灰色うさぎの物語 司馬炎とお友達編 
「えーと、これを届けてこう言って・・・と。よし!」
ぶつぶつ言いながら司馬炎は歩いていた。
そして、廊下の突き当たり、前方に灰色の物体を見つける。
「うわ!」
司馬炎は素早く隠れた。
あれは、曹髦のうさぎだ!
一部で「鍾会の弟」と言われているうさぎ。なんで弟なのかよくわからない。
この時点で司馬炎にとって弟とは、三つに分類される。
一つ、かわいい弟。おもに異母弟の機などがこの中に入る。
二つ、ライバル。これは同腹の攸。
三つ、その他大勢。なんだかたまに父親がちっさい子供をつれているので多分、まだ弟がいるかもしれない。
だが、鍾会とうさぎの関係は、この三つには入らなさそうだ。
いや、そんなことはどうでもいい。所詮人とうさぎ。
とにかく、鍾会が苦手な司馬炎は、このうさぎを知りもしないうちから苦手と判断し、こうして姿を見ると道を変えたりして逃げ回っていたのだ。
そっと柱の陰から覗くと、うさぎはふんふんと匂いをかぎながら廊下をうろうろしている。
曹髦を捜しているのか、或いはただ散歩中なのか解らない。
・・・困ったなあ・・・あそこを通らないとむこうがわには行かれない。
何も、狼や虎がいるわけではないのにこうして怯える司馬炎の方が、端から見ればかなり変。
でも、司馬炎にとって鍾会とか、それに付随するものはすべて、虎や狼よりも質が悪く、そして恐ろしいものなのであった。
・・・仕方ないから、室内を通ってむこうがわに出るか・・・
本当は、うさぎなど無視すればいい。
でも、司馬炎はそこまで頭が回ってない。馬鹿でもアホでもない司馬炎の思考力を、そこまで低下させる、それが士季うさぎだった。
いや、鍾会がそうなので、うさぎはむしろ、被害者かもしれない。
鍾会のせいで勝手に嫌われているのだから。
・・・さてと。
まず、近くの部屋にそっと入る。そこを抜けて隣室に出て、更にその奥に行けば、廊下の突き当たりの曲がった先に出るはずなのだ。
こそこそと薄暗い部屋を抜けていく。
すると、そこにたまたま衛カンがいたのだ。・・・え?と思う間もなく、声をかけてきた。
「おや、安世殿ではないですか、おめずらしいですね。誰かお捜しですか?」
「いや・・・・」
「あ、解った。あたらしく入った女の子を口説きに来たんでしょう? いけないですねえ、新婚さんが。」
「いや、だから違うんだ・・・」
このあたりで日常の素行が見えるものである。
もっとも、後に「後宮美女一万人」の一大ハーレムを築く司馬炎の若い頃にこの程度の事がなければ、その方が変かもしれない。
「では何ですか、こそこそと部屋の中を・・・・」
「しーーーっ!!!」
指を立てて、口元にあてる。
「な・・・あ、解った! またお父上に叱られでもして、逃げてるとか?」
「ちがうっ!!」
この、「また」というところも、なかなかポイントが高い。
でもまさか、うさぎを避けている、なんて恥ずかしくて言えない。
「では何ですか?」
「いいから、ここを通してくれ。・・・頼む。」
「はいはい、宜しいですよ。」
困り果てた顔に何かを察したのか、あっさりとどいてくれた。
そして、行こうとしたときに、彼が言った。
「先程士季殿がここを行ったのだが。・・・陛下の所だと思いますが、なんですか、ここを通るのが流行ってるとか?」
「え?!」
何て事だ!!・・・・司馬炎は呆然とする。
真っ直ぐいけばうさぎ、曲がれば鍾会。
自分はどこを歩けばいいんだ!!!
「まあ士季殿も、何か見つかりたくない理由があって、ここを通るのでしょうが。」
そんな理由はただ一つ。曹髦といちゃつくためだ。
それを見とがめられないように、こうして隠れた道を通るのだ。
衛カンも薄々は気付いているのだろう、彼特有のこのもってまわった言い方がそれを現していた。
「・・・そうなんだ・・・出直そうかな?」
「それはよした方が。午後はお忙しい様子ですよ、陛下。」
「・・・そ・・・・そうか・・・・・」
それこそ、父親に頼まれた届け物。
すぐにしてないのがばれたらどんな目に合わされるか。
というか、別に司馬昭が恐いわけではないが、ひいては伯父で自分に優しい司馬師に迷惑をかけるのが嫌だった。
「・・・コッソリ行けば、大丈夫だな・・・」
司馬炎はそう言って自分を落ちつかせ、そして部屋の中を進んでいった。
「・・・なんなんだ?・・・よっぽど、何か嫌なものでもあるのかねえ?」
そう言って、司馬炎の来た方を見て、廊下に首を出す。
だが、そこにはもう何もいない。
衛カンは首を傾げるが、まあ、司馬家の人間はどこか変なところもあるし、気にしないのが一番、とばかりに気にすることすらやめてしまった。
一つ部屋を抜け、そしてその奥の部屋を抜ける。
こっそりと扉を開け、左右を見回し・・・・
・・・よし、誰も居ない!!
そう思って部屋を出ようとしたところ、背後からいきなり袖を引っ張られ、今いた部屋に引きずり込まれた。
「安世? 私に挨拶なしで目の前を通っていこうとは、いい度胸だね・・・」
「ししししし・・・・・士季殿!!!!」
今の怪力は、信じられないことに鍾会のようだった。
どの細腕からあんな力が。
ゆうに目の高さレベルで背の高い自分を引きずり込むとは。
蟻地獄を想像し、背筋がぞくぞくとする司馬炎。だが、鍾会はお構いなしに睨みつけてくる。
「どこにいらしたんですか?」
「ここにいたけど? 君が気がつかないでこそこそ目の前を通っていったんだよ?」
「えええ?!」
この薄暗い部屋で、一人で何をしていたんだ?・・・その方が気になった。
「で、何の用なのですか?」
「えー? 用なんか無いよ。おもしろいから引きずり込んだだけ。」
そう言って、首に抱きついてくる。
「なっ!! 何をするんですか!! やめてください!!」
「んー? だって安世、からかうと面白いからね。・・・ふふふ・・・」
「な・・・な・・・・・・」
怯える司馬炎を、床に引きずり倒した。
「さ、なんかいいことしようね、安世?」
「やめてください!! 離してください!!」
「いいじゃない・・・極楽気分を味合わせてあげ・・・・・」
かさかさ・・・こそこそ・・・・・
その時に、何かの音がした。
二人は瞬時に、音のした方を見る。
誰か、入ってきたのだろうか? それとも、この部屋に誰かいた?
いくらなんでも、他人にこんなところを見られたくはない。
だがそこにいたのは・・・・・。
灰色の、もかもかの物体が、司馬炎にささささっと近づいてきた。
ふかふかの毛は、薄暗い中でも銀色に輝く。
そして、司馬炎の手に頭をすりすりとすりつける。
「・・・うさぎ・・・・・」
鍾会は舌打ちをした。
どこまで邪魔しやがるんだ! お前は!!
するとうさぎは鍾会を睨んで、毛を逆立てる。
まるで怒った猫みたいに。
そして、頬袋がぷくーっと膨らむ。
・・・い・・・威嚇か?! 生意気に!!!
鍾会がうさぎを掴もうとした時。
司馬炎はさっとそのうさぎを手で持ち、胸に抱き上げた。
「ここここ・・・このうさぎを急いで陛下にお届けしないと!! では失礼!!!」
そう言うと、鍾会からするりと抜けて、ばたばたと行ってしまった。
「あ・・・安世・・・・」
折角おもしろいからしばらく虐めてようと思ったのに・・・鍾会はむかむかする。
うさぎに、またもや邪魔された。
いや、あのうさぎ・・・わかっててやった?
安世を助けに来たのか、あるいは自分を邪魔しに来たのか。
明らかに後者である。
安世など、多分うさぎにとってはどうでもいいのだ。
だが、彼を助けることが嫌がらせになると判断し、助けたに違いない。
「有り難う、灰色うさぎ。」
司馬炎はだっこしながら言うと、うさぎは耳をぱたぱたさせて返事をしたかのようだった。
おそらく、司馬昭に似ているところがうさぎに好印象を持たせているのだ。
・・・お菓子をくれそうで。
「君のお陰で貞操の危機は去ったよ。」
「・・・・・・」
「お礼に、今度お菓子持ってくるから。君を誤解していたよ。」
「・・・・・・」
「なんで士季殿の弟なのかねえ・・・? なんなら私の弟にしてあげるよ。」
端から見れば、うさぎにこうして話し掛けている司馬炎も相当変だが、幸い周囲には誰もいなかった。
ついでに言えば、司馬炎の弟になりたいかどうかは、相当微妙なところだ。
・・・鍾会ほどではないにしろ。
うさぎは満足げに鼻を動かし、頷く。
わかっているのかいないのか、それはうさぎのみぞ知るのだが・・・・。
曹髦にうさぎと、頼まれた書類を渡す。
うさぎは甘えながら曹髦の膝にちょこんと乗った。
「有り難う。・・・ところで、士季に会わなかった?」
「えー・・・と、先程そこらへんで見ましたが・・・・」
「そう・・・。うん、有り難う。」
あ、やっぱり逢い引きだったんだ・・・と思ったが、うさぎがふふん、という顔をしたのを確かに、司馬炎は見た。
・・・も・・・・もしかして・・・・
司馬炎はうさぎをじっと見詰める。何故。鍾会の弟なのか、よくわかったような気がした。
鍾会が曹髦のところに行ったとき。
うさぎは得意げに曹髦の膝の上にいた。
そして、「ふふふん」という目つきで、鍾会を見た。
ちらっと舌を出したりしている。
・・・ぜったいに、いつか、正体を暴いてやる・・・!!!
鍾会はにこにこしながら、心の中で叫んでいた。
うららかな、初冬のお昼の出来事だった。
おわり
うちの司馬炎は、鍾会がとても苦手です。
理由は解っていただけると思います。でも嫌いじゃないのよv
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