|
灰色うさぎの物語 貸し出し編
さて、困った。
鍾会はむーっとしながら、目の前の生き物を見た。
その室内へと入りたいのだが、目の前にいるのはあの、もかもかした灰色のうさぎ。
最近、手入れが良くつやつやしているせいか、銀色にも見えるその毛を少し膨らませて、部屋の入り口を陣取ってるのだ。
うさぎは小さいので、またいで入ることは可能。
でも。
「皇帝陛下の愛玩動物」を、またぐわけにはいかない。
誰もいなければ蹴飛ばしそうな感じもするが、鍾会はこう見えて動物にはちょっとだけ優しい。
その優しさをもう少し様々な人にわけ与えていれば、クーデターも少しは成功したんじゃないかという程度に。
なので、うさぎがどけるか、うさぎをどかすか、或いは相手が部屋から出てくるか。
この三つしか選択肢は無かった。
「お前さ、ちょっとどいてくれない?」
話し掛けると、ぷいっとそっぽを向く。
「・・・・・・・・・」
他の誰にもそんな態度は取らないのに、どうしてこのうさぎは・・・。
いっそ、今夜の食卓に・・・と思い切れる性格なら、ここまで苦労はしない。
「あれ?何してるんです?」
「あ・・・伯玉殿・・・」
いつのまに、無言でうさぎと見つめ合っていた鍾会に、通りかかった衛カンが声をかけた。
「おや、弟さんも一緒でしたか。こんにちわ。」
どうやら、一部地域でこのうさぎは「鍾会の弟」になってしまっているようだ。
うさぎにまで挨拶する衛カンを横目で見ながらつまらなそうに話し掛ける。
「陛下になんか用?」
「あなたを捜していたんですよ。借りたい物がありましてね。」
「じゃあ、ちょっと私のお願い聞いてくれますか?」
鍾会は言った。
「うさぎ、どかして。」
「嫌ですよ。」
「なんで?」
「これは皇帝陛下のうさぎです。あなたに所有権はありませんから。」
「・・・・・・・」
むかっとはした。だが、言われてみるとその通りだ。
曹髦の性格から、その程度のことで怒ったりすることは考えられないが。
「・・・つまり、うさぎの方がエライと。」
「そこまで言ってませんが、結果的にそういことでしょうね。」
「・・・・・・・」
「何か?」
「いや、いい。で、借りたい物って?」
「へんな貴方を見て忘れました。出直しますよ。では頑張ってにらめっこ、続けてくださいね。」
にーーーっこり。
笑顔をみせると衛カンは去っていった。
「ふん、役立たず。あいつ、絶対ろくな死に方はしないなあ・・・」
そういうお前は人の事を言えるのかい!!・・・と、そこに誰かがいれば突っ込んだだろうがそこにいるのはうさぎ。
鍾会の目には、彼がにまっと笑ったかのように見えた。
どのくらい無言でうさぎを見詰めていたのだろうか。
気付くと、曹髦が自分を見ていた。
「いつ気がつくかと思っていたんだけど。」
「そこにいらしたのなら、声をかけてくださいよ…」
鍾会が肩をすくめると、曹髦はうさぎを抱きあげてから鍾会をその部屋に招き入れた。
うさぎは「ちっ」というような顔を一瞬見せたのだが、鍾会は気にしないようにした。
「で、うさぎと何を話してたんだ?」
「・・・そこどいて、ってお願いしていたんですけどね。」
「抱き上げればいいのでは?」
「・・・・・・」
冗談ではない。
そんなことをしたら絶対に、引っ掻かれるか噛みつかれる。
そうなれば、自分が何かをしたと思われる・・・そこまで、先を読んだのだ。
うさぎは見えない位置から自分ににやにやして見せている。
・・・にくたらしいヤツ・・・・
だが、その微妙な表情を、曹髦がちらりと見たことなど、鍾会は気付かなかった。
二人で話している間、うさぎは大人しく部屋の中をうろうろしていた。
決して邪魔することはない。
だからこそ、鍾会の言うことに信憑性が無いと思われてしまうのだったが。
窓辺に行って毛繕いをしていたり、ふんふんと匂いを嗅ぎ回っていたりするのを見ると、鍾会だってあのいつもの意地悪が信じられない。
でも。
曹髦の膝に乗って、そしてちらりと得意げに鍾会を見る目。
それを自然に撫でている曹髦。
自分が隣にいるとき、自然に手を握る、それは当然と思っている鍾会だったが、うさぎを自然に撫でるその手は許せなかった。
「・・・は?・・・あの、話が見えないんですがもう一度。」
「だから!」
鍾会は目の前で目を見開く賈充に、もう一度言った。
「あのうさぎ、どうにかしてくれない? 毒殺とか謀殺とか得意でしょう!」
「あなたに言われたくありませんよ!!」
そして。
「・・・そもそも、謀殺・・・って、うさぎをどうやって?」
「罠を仕掛けるとか。」
「ご自分でどうぞ。」
「万一ばれたら陛下に嫌われる。だからイヤです。」
・・・あなたが嫌われるなら、それ以外の人は場合によっては即あの世行きです・・・とは、とりあえず言えなかった。
「とにかく、私はイヤですよ。あなたがたの間に関わりたくありません。」
「うさぎとはお茶する癖に。」
「人畜無害ですから、誰かさんと違って。可愛いですしね。ふかふかで。」
そう言うと、静かに鍾会に背を向けた。
「ちょっと待て・・・話はまだ・・・・」
「私は終わりました。さようなら。」
そして、肩越しにちらりと振り返って。
「動物虐待を人に依頼するような人、友達だとは思いたくないですね。でわ。」
軽蔑しきったように見て、そして行ってしまった。
「うわー。DV嫁持ちに言われちゃったよ。人間を虐待する方が数倍悪いと思うけど。」
賈充の妻は、別に賈充に暴力を振るうわけではないが、たしかに暴力的な性格ではある。
それにしても、公閭殿って・・・私の事、友達だと思ってたんだ。意外。・・・と、むしろそれが気になった。
うさぎ排除計画第一弾があえなく流れてしまった。
鍾会も、別に殺そうとは思ってないのではあったが、何とか排除したい、そうは思っていた。
いや、せめて自分がいるときは邪魔しないで欲しい、もうそれでいい!・・・と、そこまで弱気になりつつあった。
「・・・何、変な顔をしてる?」
「あ、子上様・・・」
通りかかった司馬昭を見て、 ふと、鍾会は思いついた。
「お願いです。陛下からあのうさぎを取りあげてください。」
「はあ?」
司馬昭は最初、何を言っているのかわからなかった。が。
「ああ、やきもちか。くだらんな。」
「・・・下らない?」
「ああ。くだらんね。」
鍾会のむかっとした顔を見ながら、にやりと笑った。
「畜生ごときにやきもちとは。落ちぶれたものだな。はははは。」
「・・・ふん。」
鍾会は司馬昭を見上げて言った。
「そういう事言って良いんだ?・・・わかりました。」
鍾会は思いついた。そして、司馬昭が背を向けるなり、懐に持っていた何かをぱっと司馬昭に向けて撒いた。
「さて。今夜はうちの可愛い姫ちゃんを、司馬家に預けようかな。」
にやにやしながら言った。
そして。
「そっか。」
うさぎだって、 排除というより、誰かに貸し出せばいいんじゃないか!
鍾会はそう思いついた。
そして、うってつけの人間を思いついたのだった。
司馬炎が真っ直ぐな廊下を静かに歩いている。
ここは、前に鍾会に捕まって、うさぎに助けて貰ったあの廊下。
なんだか嫌な予感は的中し、いきなり横の部屋からにゅーっと伸びてきた腕に掴まれ、その部屋に引きずり込まれた。
「なななな・・・・なんです、士季殿・・・・・」
司馬炎は本能的に後ずさった。
「・・・安世、私の言うことを聞いてくれない?」
柔らかい物言いに、有無を言わせない鋭い目つき。
「ななな・・・なんですか??」
「陛下のうさぎ、可愛いと思いませんか?」
「・・・そ・・・そうですね。」
「ゆっくり、遊びたくありませんか?」
「は・・・はあ?」
「あのうさぎ、陛下から一晩預かってよ。是非一緒に遊びたいとかなんとか言って。」
「ええ?!」
司馬炎は思わず鍾会の頭の先からつま先までをぐるりと見まわしてしまった。
どこか常軌を逸した才能を持っている彼、もしかして、どこかネジが切れたのかな?と思って。
「なに?」
「い・・・いえ。・・・あのうさぎを一晩預かれば良いんですね?」
「そう。ご褒美にいいものあげる。」
「あなたからのご褒美なんて怖くて頂けません。いいです、無料奉仕させていただきます。」
そう言うと、さっさと鍾会から離れた。
「なにあれ。人を病原菌みたいに、まったく失礼だな。」
ぷんぷんしながら、それでも約束はした。
これで今晩は曹髦といちゃつける、やったー!と思うと思わずにやりと笑ってしまう。
曹髦のところへ、司馬望と一緒に出向く司馬炎。
どうも一人で行くのは気が引けた。曹髦のどちらかというと冷たい印象の顔だちのせいと、もう一つは司馬昭の息子、という理由から。
でも、行けば彼は笑顔で接してくれるのもいつもの事。
うさぎを貸してください、このお願いに、曹髦はすんなり頷いた。
そして。
「士季でしょう?」
「え?」
「そんな事をあなたに押しつけるのは彼くらいしか想像付かないよ。・・・ふふふ。」
曹髦はにこにこしながら、うさぎを渡してくれた。
うさぎは「きゅい〜ん」とでも泣きそうな、ちょっと切ない顔をしている。
「いつもあの手この手で何とかしようとしてるからね。その方法もちょっと楽しみだったりして。」
別に、司馬炎に言った訳じゃない。
ぽつりと曹髦は呟いたのだったが、司馬炎はびっくりした。
・・・も・・・もしかして、それすら楽しんでいる・・・??
「ごめんね、今日は安世に可愛がって貰いなさい。」
頭を撫で、指で耳をくすぐると、うん、と頷くようにぱたぱた耳を振ってよろこぶうさぎ。
甘えるように、曹髦の手のひらに頭をぐりぐりすりつけている姿を見ると、ちょっと可哀想な気もした。
「・・・子供には目の毒だからね。」
こそっと耳元に囁いて、その言い分に自分で笑う曹髦。
司馬炎は、その囁きが聞こえたのだが、敢えて聞かなかったことにした。
「陛下、うさぎはどうされたんですか?」
笑顔でさりげなく聞く鍾会に、曹髦は言った。
「ん・・・。安世に預けたよ。」
そして、鍾会の肩に腕を回した。
「知ってる癖に。」
「え?」
「なんでもありません。」
そう言って、鍾会の唇に、そっと自分の唇を重ねた。
その晩二人は仲良く過ごしたようで。
だが、その頃司馬家は大変なことになっていたことは、翌朝解る。
「・・・昭・・・どうした?」
曹髦が、司馬昭のその姿を見てぎょっとして思わず声をかけた。
彼の方から声をかけることなど滅多にないにもかかわらず。
「・・・いえ・・・猫に・・・・」
司馬昭の顔は引っ掻き傷だらけ、手にも傷。
よく、「猫に引っ掻かれて」という言い訳の場合、猫=女、しかも妻で有る場合が多い。
曹髦の中では、奥さんを何か激怒させて引っ掻かれた司馬昭、そういう図式が瞬時に出来上がった。
そして、そう思われている、ということも司馬昭には痛いほどよくわかった。
よりによってこんな時だけ声をかけやがってこのガキ!・・・と思わなくもなかったが。
真相は違う。その傷を付けたのは、女は女でも、鍾会の飼い猫である。
その日、鍾会は自分の飼い猫を司馬家に送り込んでおいた。
「あら〜、飼い主に似ず可愛い姫ちゃん、いらっしゃい。」
王元姫がにこにこして、黒猫を出迎える。必ず「飼い主に似ず」という言葉をまるで枕詞のように付けるのが彼女にとって、その猫への愛情表現らしい。
「ご主人様は夜遊び?・・・って事は、殿も今夜は帰らないかしらねえ?」
「誰がだ!」
「あら、いらっしゃいましたの・・ほほほほ。」
いつのまに後ろにいた司馬昭に、彼女は笑いかける。
ところが、司馬昭が近づくと、いきなり黒猫の姫は、司馬昭に飛びかかったのだ。
「うにゃんにゃんにゃん!!!」
司馬昭の肩にしがみつき、暴れるように爪を立てながら頭によじ登る。
当然、顔といい頭といい傷だらけ。
「あららら、姫ちゃん、どうしたの?」
「みみゃん!」
ふんふん匂いを嗅ぎながら、興奮して司馬昭を引っ掻きまくる姫。
そんな事があったのだ。
司馬昭を見て、鍾会はにやりと笑った。
「ふん、またたび粉末の威力、思い知ったか・・・」
いい気味だと思った。
これで、司馬昭は奥さんに尻に敷かれているという噂でも流れれば、自分にとってこれ以上楽しいことはない。
ついでにあの大嫌いな奥方もへこませられる。
司馬昭を引っ掻いたなんて噂が立てば、いい気味だ。ふん・・と。
今まで作りあげてきた全てのイメージを一夜にしてダウンさせてやる。
「姫・・・いい仕事をしたみたい。流石、私の飼い猫だ。姫は姫でも・・・・」
どっかのババァ奥方とは大違いだ、あはははは・・・・。
「おや、士季殿、楽しそうですねえ。」
衛カンが通りすがりにぽつりと。
「あなたが楽しそうと言うことは、誰かがあなたの陰謀に嵌ってしまったんですね。ご愁傷様です・・」
「なに、嫌味言うために声をかけたの?」
「ええ。あなたもろくな死に方しなさそうですね〜。では。」
また、何かを借りる予定を忘れたらしいが、お互いそれには気がつかなかった。
そして、お互い「ろくな死に方をしない」と言い合ったものだが、まさにお互いそれであったのは遠い未来の話。
曹髦は少しだけ心配そうに、でも半分以上呆れたように言う。
「昭・・・人の家庭にケチ付ける気はないけど、浮気はほどほどにしたほうがいいよ・・・」
「いえ、ですからこれは猫・・・・!!」
「あ、いいからいいから。」
それで流されてしまった。
・・・・畜生・・・このガキ!覚えてろよ・・・・。
公衆の面前で恥をかかされた司馬昭だった。
数日後、鍾会のたくらみを知った司馬昭が大激怒したのは言うまでもない。
もちろん、それを知った王元姫も怒髪天につく勢いで怒ってはいた。
司馬炎がうさぎを返しに行くと、曹髦は待ちかねたようにうさぎに近づいた。
「良い子にしてたか?」
こくんと頷くうさぎに、司馬炎も思わず笑った。
そして、遠慮がちに言った。
「あの、何かあれば・・・またうさぎは、お預かりしますよ。」
「ありがとう、安世。」
でも、うさぎに邪魔をさせて鍾会を焦らすのも面白いんだよ。
それに全く気付かないふりをして、観察するのがね。
そこまでは声には結ばれず、ただ司馬炎に、にっこり笑い返しただけだった。
うさぎは、いつものように、曹髦の膝にいた。
昨晩は司馬炎にくりくり洗われたらしく、毛艶が良く、良い香りがする。
預かったからには万全のケアを、そういう責任における真面目さが司馬炎の数少ない?取り柄の一つであった。
「良かったねえ。安世にお風呂入れて貰ったんだ。」
こくこくと頷くうさぎ。
「君は可愛いからね、みんなに可愛がって貰って、幸せだね。」
そう言うと、うさぎは潤んだ目で曹髦を見上げた。
その目は、「でも、陛下に可愛がって貰えるのが一番幸せv」と言っているようにも見え。
「か・・・可愛いな、お前。さ、今日は一緒に寝ようね。」
曹髦が抱き上げると、耳をぱたぱたさせてよろこぶ。
決して損することが無いように出来ているうさぎでありましたとさ。
おしまい
あとがき
この話のポイント。それは、うさぎと一緒に風呂に入る司馬炎です(嘘)
是非お背中を流したい、という奇特な人はどうぞ名乗りを上げてください。
全然命日じゃネーヨ!・・・ですいません。
NOVELへ戻る
|