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灰色うさぎの物語 in 蜀 3
そこは、綺麗な草原だった。奥の方に、こんもりとした薄暗い森がある。
通称うさぎ村・・・どういうわけか、うさぎが沢山いるからそう呼ばれる、その土地。
「へえ? こんなところ、初めて知ったよ。」
「まあ、わざわざ来ないよな、こんな国境付近の一触即発状態な場所にはな。」
ここのうさぎたちは、特に人を見ても逃げようとはせず、だが遠巻きに見守っていた。
「ほら。・・・家に帰れ。もう二度と捕まるんじゃないぞ。」
姜維はそう言いながら、籠を開けて、まず灰色を取り出す。次に、白。
灰色は、ふん、という顔をして去っていったが、白いうさぎは何度も何度もぺこぺこしながら、ふりかえり振り返り去っていった。
「雑巾・・・最後までかわいくないヤツ・・・。自分が捕まった癖に。」
「・・・とかいいつつ、伯約、ちょっと寂しいだろう?」
「誰がだ!! せいせいするわ!!やっぱり鍋にしてやれば良かった!」
「一生家庭内で疎外されたければ今からでも止めないが。」
「・・・・・・・」
姜維はむっとしてだまりこんだ。
なんでこう、どいつもこいつもうさぎの味方をするのだ?と。
「じゃあ、そろそろ行くか。」
「そうだな。・・・ん??」
夏侯覇が、何かに気がついて一点に目を凝らす。姜維も釣られてその視線を辿ってみると。
何か、遠くから土煙のようなものがどどどどどど・・・・と近づいてきた。
「な・・・なんだあれは?」
「さ?・・・さあ?」
それはどんどん二人に近づいてきて、そして、なんと姜維に飛びかかった。
いきなり、ジャンプをし、姜維の胸ぐらに飛びかかったのである。
「うわあ!!!」
「な・・・なんだ!!」
かじりつくそれを、夏侯覇が剥がそうとひっぱるが、噛みついて爪をたてたそれは、姜維から離れない。
「・・・・・・うさぎ???」
それは、茶色のうさぎだった。
「おいっ! 何をするんだ! 仲間は帰したじゃないか!!」
「俺達はウサギ狩りに来たんじゃないんだ!! 離せ!!」
夏侯覇も、訳も解らない事を叫びながら、必死でそのうさぎを引っ張る。
うさぎはきいきい言いながら、姜維の服を引きちぎった。
そして、まだふうふう言っている。
逆立った毛で、もこもこになっている茶色のうさぎ。
「こ・・・これが文偉の言っていた、猟犬をも半殺しにしたという凄いうさぎか・・・」
「そのようだな・・・」
「ど・・・・どうやって降伏勧告すればいいんだ?!」
「・・・こっちが白旗上げた方が早いような・・・・」
すると、そこへ先程放した白うさぎ(注:夏侯覇曰く子元うさぎ)とは別の、これまた可愛い白いうさぎがとことこと近づいてきた。
どうやら、白いうさぎ、というのはみな可愛いらしい。
きいきい言っている茶色いうさぎを宥めるように顔を舐めている。
「・・・奥さんかね?」
「いや・・・なんか・・・・」
夏侯覇は思った。
北伐をしたい!GOGOGO!の姜維と、それを宥める費イ禕に見えると。
多分うさぎの面長な可愛い顔と、費禕の顔がかぶるのだろうか?
まあ確かに、夏侯覇の目から見ても費禕はどことなく可愛いというか、中性的な顔だちをしているのでその所為だろうか。
・・・なんか二人がいちゃついてるみたいだなあ・・・・
そう思ったが、夏侯覇は黙っていた。ここでそんなことを言って姜維をいい気にさせても仕方がない、と。
どーせだったら思遠のようなうさぎでもいないもんかねえ?と思ってしまう辺り、夏侯覇は夏侯覇なのだが。
「でも、ここからうさぎを持っていったって事は、非はこっちにあるんだよなあ。」
ふと姜維が言う。
「そうだなあ。」
二人は顔を見あわせた。
そして夏侯覇が言った。
「ごめんな。俺達の君主は人は悪くないんだが、まー、なんつーか、アレでな。・・・今後、こんなことないようにするからな。」
「・・・仲権・・・結構言うなあ・・・」
「俺は“アレ”としかいっとらん。間違っても馬鹿とか間抜けとか女好きのアホだとか、一言も言ってないぞ。」
「・・・・・・」
「仮にも主君、まして私は親戚筋だ。そんなおそれおおいこと、口に出せない。」
「・・・・・・」
どいつもこいつも、感じるストレスは同じなのか・・・と、姜維は思わず遠い目をした。
まして、夏侯覇は遠縁ながら親族という。
うさぎは解ったのかわからないのか、二羽で深く頷くと、とことこと森の奥へ去っていった。
遠くで見ていた灰色と白の兄弟(既に認定済)も一緒に、そこへ帰っていった。
しばらく見守っていると、今度は森の奥から、何か、小さな籠を引きずって先程の茶色のうさぎが戻ってきた。
「ん?なんだ?」
「お詫びかな?」
なんだか解らないが、差しだすような素振りをするのでその籠を受けとると、茶色のうさぎはこくこくと頷いた。
「・・・なんだろうなあ?」
だが、姜維は対して気にもせず、自分の荷物の中にその籠をぽん、と入れた。
一方の成都。
姜維の娘達と費夫人は、仲良くお茶をしていた。
「また抜け出してきたのね・・・」
「そうそう。いいのいいの。」
「見つかったら死罪よ?」
「大丈夫だいじょうぶ。そんなへまはしないのよ、私。」
そして、話題はうさぎに及ぶ。
姜維と不仲だったこと、そして、うさぎ村?に返されるに当たって、迷子札を下の娘達が付けたこと。
「あららら。じゃあ、戻って来ちゃうわね。」
「うん。でもいいの。」
下の子達は、毎日、戻ってこないかなあ?・・・と、窓辺で待っているらしい。
費夫人はちょっと胸が痛む。
だが。
「実は私ね、あの・・・迷子札、書き換えちゃったのよね。」
下の若い娘二人が出ていった後、残った娘・・・費夫人と同じ年の娘が、こっそり言った。
「なんだかお父様可哀想で。・・・だからね・・・・」
ごにょごにょと耳元で言われ、思わず費夫人は目を見開いた。
「・・・ね? それならもうここには来ないと思うのよ。」
「・・・ま・・・まあね・・・・」
「それに、そう書いておけばうさぎさんも無碍に扱われることはないでしょう? ならいいかなって。」
「・・・・・・・・・」
「国境だし。」
・・・でも、その男の好物がうさぎのバター焼きだったら、速攻厨房行きになると思うけど・・・?
そう思ったが、費夫人は何も言えなかった。
とりあえず、彼女はうさぎにも父親にも良いことをした、と思っているのだから、何も水を差す必要はない。
だが。
もう少し、まともな届け先を思いつかなかったのかと。
「他にはどこも思いつかなかったの?」
「あら・・・。だって私、魏に知りあいなんていないもの。だから有名人、って思って。」
「・・・・・・・」
「それに、大丈夫よ。二回も捕まるおまぬけさんなんて、そうそういないわ。」
「・・・・・・・」
そうかしら?
二回どころか、七回も捕まる人もいるんだから、ましてやうさぎ・・・・。
でも、費夫人は何も言わず、心の中だけで祈った。
どうか、万一捕まっても食べられません様に・・・・と。
場所は離れて洛陽。
「はあ? うさぎだと?!」
司馬昭がいらいらしながら言うと、妻が。
「ええ。首に、”このうさぎを拾った人は洛陽の司馬家に届けてください。名前は子上です。お礼はします”って書いてある紐をつけてたの。」
「・・・はあ? どこのどいつだ!!しかも子上だとーーー!!!」
「・・・まあ、でも、お礼は払っちゃったし、その人はうさぎを置いていったし・・・・」
蜀との国境にいるうさぎにそんな迷子札付けるか?! ていうか、なんだそれ?!
と、怒鳴りたいが妻には罪はない。
そして。
「うわー!! 目つき悪い! なんだこのかわいくないうさぎはっ!!!」
灰色のうさぎは、じろりと司馬昭を見上げた。
・・・何だコイツ・・・
火花が散る。こういうのを同族嫌悪と言うのかは解らない。
「捨ててこい!! そんなもの!!」
「あらあ・・・可哀想だから、元の場所に返してあげてくださいな。どうせ国境に行くときもありますでしょ?」
「・・・・・・・・・」
「ああ、でもこの前みたいに、また追いつめられたら嫌ねえ。山の上で神頼みなんて、二度とやめてくださいね。まったく・・・・」
「なんでそんな事を知ってるんだ?」
「あら、有名よ。」
妻はにやにやしながら、うさぎの耳元で言った。
「このおじさんはねー、山の上で雨乞いの裸踊りをしたのよーう? 」
どうやら、姜維に追いつめられ鉄籠山に立てこもりをしたときに水が無くなり、「やべえ!」と思った瞬間に雨によって助かったことが、ねじ曲がった話になってそこら中に広まっているらしい。裸になって雨乞いとは、まるで錯乱した変態・・・。
妻にまでからかわれ、むっとしたまま黙り込む。
「恥ずかしい人ですねー、負け戦にも程がありますわねー? おんなじ字なんていやですねー?」
うさぎはこくこく、と頷いた。どうやら、王元姫のことは好きらしい。というより、女なら誰でもいいという・・・・。
司馬昭はますますむかむかするが、そんなことには気付かないのか、王元姫は続けた。
「それにしても、酷い悪戯をする人がいるものねーえ? わざわざ、あんな山奥からうさぎをここまで連れてこさせようだなんて。」
「まったくだ。名前なんか付けやがって!!なんか私に恨みがあるのか?!」
「・・・あはは・・・・」
そういう人は多いと思う・・・・とは、流石に言えなかった。
しかも蜀との国境だったら、尚更・・・・。
いや、小包爆弾や炭疽菌が来なかっただけましだと・・・。
「わかってないのね・・・・」
と、王元姫は呟いた。うさぎもこくん、と頷いた。
そして、司馬昭だけは、ぷりぷりと怒っていた。
場所は戻って蜀宮廷。
費禕と費夫人は優雅に親子でお茶を飲んでいた。
「・・・で、陛下はうさぎに飽きたのかしら?」
「ええ。なんでも茶色のうさぎが完全復帰して、ウサギ狩りが出来なくなったそうですよ。良いことです。」
「・・・父上も・・・・苦労が耐えないご様子で・・・・」
「もう慣れてますよ。悪い人じゃないんですけどね〜、考え無しというか・・・・」
「一般的に、考え無しの人は馬鹿って言いますわね。」
「・・・娘よ・・・ここで長生きしたければ、本当のことはなるべく控えめに。」
「あーら。私は一般論で言っただけですわ。」
口の減らない娘は、そう言いながら饅頭をつまむ。
「でも、うさぎ村なんて本当にあったんですね。」
「ええ。私もそのうち見に行こうと思って。なんでもかわいいのが沢山いるみたいですからね。」
実は、夏侯覇に聞いた「なんだか伯約みたいなうさぎがいたぞ」が、気になって仕方のない費禕だった。
「ところで、そのもの凄い茶色のうさぎは、なんでしばらくいなかったのかしら?」
「・・・さあ?・・・病気でもしていたのかもしれませんね。」
「そうなのね。まあ何にせよ、これでうさぎ騒動は終わりますね。」
ほっとしたように、二人して溜息をつく。
そもそも、騒動は姜維の家だけでおこっていただけなのだが、この数日間、それに振り回されていた。
「あ、でも伯約だけは終わってませんね・・・・」
費禕は、遠くを見ながら呟いた。
うさぎ村に行った帰り道に話は戻る。
「・・・あー、結構深い傷になってるな・・・・」
姜維は上着を脱いで呟く。
先程の茶色のうさぎにかじられたところ。
身までかじられているのに夏侯覇が引っ張ったりしたものだから、思い切り血が出ている。
「まったく、なんでうさぎに囓られて怪我をしなければいけないんだ?!」
「そうだな。・・・でも、そう思うと、あのうさぎ、凄いな。」
「なんでだ?」
「・・・ん・・・」
夏侯覇は呆れたように笑った。
「一体、戦場で何人がお前に怪我を負わせられると思っているんだ? あのうさぎは出会って一瞬でお前に怪我をさせた。大したもんだ。」
「・・・なんだか、納得して良いんだか悪いんだか・・・」
「それだけ凄いって事だ。」
パワフルかつ凶暴なうさぎ、でもものは言いよう。そうやって誉めることも出来るわけだ。
「で、さっきの小さい籠、いったい何だったんだ?」
「さあ? うさぎの癖に律儀だよなあ?」
二人は首を傾げながら、先程の籠を出してみる。
そして、それを開けると・・・。
「え?!」
「うわ!!!」
そこには大判小判がざっくざく・・・・であれば、「うさぎの恩返し」などと後世に伝えられただろうが。
そこが、違ったのだ。
中には、小さな小さな・・・まだ赤ちゃんのうさぎが二羽、入っていたのだ。
茶色と白。
察するに、これはあの茶色の子供では無かろうか?
「なななな・・・・どういうつもりだ?! 嫌がらせか?!」
「伯約、落ちつけ。」
子うさぎはみゅーみゅーと鳴いている。
どうやら、ミルクタイムらしいのだが・・・。
「ちょっと待て。・・・私達は、乳なんか出ないぞ・・・・どうすりゃいいんだ?」
「そう言われても、お前に出ないものは俺にも出ないぞ。」
あわれっぽい泣き声に、とりあえず水を飲ませてみる。
「なんか、小さいな・・・。・・・もしかして、俺達・・・・」
夏侯覇が神妙な面もちで言った。
「・・・育てろと言われているのでは?」
「なっ・・・・!!」
「野生動物は、育てられないと捨ててしまう。・・・でも、奴等は知っている。」
人間であれば、もしかしたら何とかしてくれるかも、という他力本願を。
実際、それで、うさぎは成都からここまで帰ってきた。
「要するに、アレだ、伯約。お前は認められたんだ!」
「じょーーーーーーーだんじゃねえっ!!!」
「冗談でも本気でも、そのうさぎを放っておけば死んでしまうぞ。・・・とりあえず、アレだ。」
夏侯覇は、近くの村を指さしていった。
「・・・牛くらいいるだろう。乳でも貰って、成都に持って帰ろう。」
「・・・・・・・」
「いいじゃないか。喜ぶぞ、娘達が。」
「・・・そうだな・・・・」
「さ、帰ろう。こんなど田舎、女も思遠もいなくてつまらんからな。」
「・・・どうでもいいけど、お前、切り替えるのが早いな・・・」
小さなうさぎをそっと籠に入れ、こんどは丁寧に持つ。
生き物が入ってると解った以上、無碍には扱えない。もともと優しい性格なのだから。
父・姜維は、心の中で天に誓う。
このうさぎは、うさぎらしく可愛く育てようと。・・・上手に育てないと、あの凶暴うさぎレベルになるから。
そしてその場合、悲惨な現状に泣くのはどうやら自分らしいから。
以後、姜維の家にうさぎが飼われている。
そのうさぎたちが後々どうなったのかは、機会があれば、きっと知ることが出来るでしょう。
何にせよ、家庭は円満におさまりましたとさ。
本人だけがいかに不満でも。
そして、雑巾色こと子上うさぎが無事に帰ってこられたのか。
それは、神のみぞ知るということで。
おわり
蜀うさぎおわり。
姜維とは切っても切れない関係になってしまいました。
そして、子上うさぎは洛陽に行ってしまわれました・・・二回も捕まる、おまぬけさん。
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