酒と桃の日々  蜀うさぎさん話



魏蜀国境の、通称「うさぎ村」。
何故か不可侵条約が結ばれたこの地には、不思議と沢山のうさぎが棲息しているため、そう呼ばれている。
ここのうさぎが何羽いるのかはわからないし、誰も数えたことなど無い。
餌付けをしている者もいるけれど、大抵、自由に生きている。
そして、ここで一番えらいうさぎがどのうさぎかは解らないが、少なくとも、一番強いうさぎは茶色の、素早い動きをするうさぎ・・・通称、「伯約うさぎ」だった。

・・・と、費禕はすらすら言って、そして一息ついた。

「誰だ!! そんな勝手な通称をつけて!!」
姜維が叫ぶと、費禕がしれっと。
「私ですよ。」
「な・・・何故だ?! 私はあんなに凶暴じゃない! 誰彼構わず噛みつくうさぎと私を・・・」
「魏軍にだったらすぐに噛みつくじゃないですか。」
ふん、と言った口調で言う。
「噛みつかないと占領されるだろうが!」
「だからといってむやみに交戦状態に持っていかなくても。あなたには防衛という本能は無いんですか?」
「攻撃こそ最大の防御と言うではないか!」
「そんなの、戦争好きの屁理屈です!」
うさぎ話から北伐論争にヒートアップしてきた二人。
すると、傍で聞いていた夏侯覇がにやにやしながら仲裁に入った。
「じゃあ、あの茶色にいつもくっついている白いかわいいのは文偉うさぎだな。」
「え・・・・」
「だっておまえら、いつもべったべただし。」
自分で言っておかしいのか、夏侯覇は笑いだす。
「そう言えば、文偉殿の頭の髷が、うさぎのしっぽに見えてきた!」
「・・・仲権殿、少し酔いが回ってませんか?」
「酔ってなどいない! 私は酔わないぞ!!」
だーめだこりゃ・・・・という顔で、費禕は溜息をつく。
まあ、それを言うなら、桃の節句の酒宴でこんな話題を振った自分たちも悪いわけで。
明らかに、夏侯覇は白酒で酔っている。
「・・・そもそも、桃の節句になんでここは、野郎ばかりなんだ?」
「・・・仕方ないでしょう・・・・」
費禕は苦笑した。
姜維ははー・・・・と溜息をついた。
「おお、ついに奥方にも娘達にも見捨てられたか?」
「・・・・お前、失礼なヤツだな。しかも事実無根だ!」
「ほう? では何故? 今年はてっきりお前の家だと思って楽しみにしていたのになあ・・・」
「・・・・・・・・」
姜維も、本当はそうしたかった。
だが・・・・。
「すみませんね、伯約・・・」
「いや。かまわない・・・・」
費禕が謝るのにも、理由があった。


数日前。
姜維と夏侯覇は、うさぎ村から、二羽の小さなうさぎを預かったのだ。
それを教育と称して体よく娘におしつけたのだが、その二羽の小さなうさぎを「見たいわv」と言って、この桃の節句にかこつけて、費夫人が宮廷に召集をかけてしまったため、姜維妻、そして娘達はおめかしをして、うさぎ二羽とともにいそいそと出掛けてしまったのだ。
もともと、女子供の祭り。別にいいのだが。
でも、少しだけ家族との交流タイムを楽しみにしていた姜維はがっくりとしていたのだ。
そしていつもの、つまらない宴会となったわけで。
面子は姜維、費禕、夏侯覇。・・・後で諸葛瞻も来るとか来ないとか言っていたが、どうであろうか。


「まあとにかくだ。・・・今更ぼやいても仕方がない。楽しくやろう。」
「そうですね。伯約もそんながっくりしてないで!」
そう言いながら費禕が、姜維の酒杯に酒を注ぐ。
「ほら!飲んで飲んで!!」
「・・・お前の勧めるままに飲むと、明日が・・・・」
「明日のことは明日考えましょう!」
費禕は、酒が入ったときだけ、こういうことを言う。
普段は計画性だのなんだのうるさい方なのだが、酒が絡むと他のことはどうでもよくなる・・・とまでは言わなくとも、皆、自分のペースについてこられる、と何故か思っているようだ。
「ほらほら、これが特製!桃のお酒ですよ、さあ、もっと飲んで!」
「う・・・・」
姜維はもう既にかなり飲んでいる。
夏侯覇は「酔ってない」と言っているが、明らかに酔っぱらっている。
だがしかし。
今、この酒を断る方が、戦場での一騎打ちよりも勇気がいることだけは、二人は絶対に失念しない。
「・・・はいっ! かんぱーい!!」
「・・・・乾杯・・・・」
「くわんぱい・・・・・」
言いながら、姜維はふと思い出したことを言う。
「そういえば、仲権。文偉ってば酷いんだぞ。」
「何だ?」
「文偉ってばあのうさぎ達にな・・・・」
姜維は何かを夏侯覇に話し、そして夏侯覇は大笑いをする。
「はははは! カワイイじゃないか! 成る程ねえ・・・」
「成る程じゃない。・・・酒飲みってのは酒に対して、異常に執着するからな・・・・」
小声で姜維が言う。
「そのうち、それが何か事件になるような気がして・・・・」
「また家庭内で孤立するな?」
「・・・言わないでくれ、頼む・・・・」
そして、おっさん男共がむさくるしい飲み会をしている時、成都宮廷内で事件は起こっていた。


費夫人と周辺の仲良しの女官、そして姜維妻娘+子うさぎ二羽。
後宮内ではそこそこ華やかなお食事会となっていた。
「あらー、茶色と白と、二羽いるのね。・・・三娘が育ててるの?」
「そうなんですー。」
三女の膝の上で、大人しく座っている二羽の子うさぎ。
姜維が成都に連れてきたときはかなり弱っていた赤ちゃんうさぎだったのだが、彼女やその他何名かの地道な努力によって、元気な子うさぎに成長していた。
そこまでの過程は、また別のお話になるのだが。
「ちゃんとうさぎの分も用意してるのよ〜。」
費夫人がそう言ってちりんちりんと鈴を鳴らすと、女官達が小さなお膳を二つ、持ってきた。
「わあ! かわいい!!」
「ほんと!」
桃の花でかざられたそのお膳は、うさぎ用。葉っぱとおからと桃の花で、何となくおかずっぽく飾られていた。
・・・とはいえ、それは女の子達の目を楽しませるだけのもので、うさぎにとってはただの餌。
ふんふん・・・と匂いを嗅ぐが早いが、むぐむぐ食べ始めた。
「おいしい?」
三女が聞くと、二羽はこくこくと頷きながら、夢中で食べる。
何となく、むくむくの動物が餌をもぐもぐしている姿はかわいいもので、皆は和みながら見ていたのだが・・・。
ふと、白ちびが、きょろきょろしだした。
「ん? どうしたの?」
三女が聞くと、どうも三女の持っている小さな杯に目がいっている。
それには、白酒が入っていた。
とはいえ、まだ子供の三女の白酒は、かなり桃の果汁で薄められているのだが。
じーーーーーっと、目線がそれに行っている。
「・・・え?・・・・お酒はダメよ、子供でしょ?」
そう言うと、何となく哀しそうな顔をした。
「・・・あららら。」
費夫人は、何かを女官にぼそぼそ言うと、その女官は頷いて、すぐに小さなお皿と白酒を持ってきた。
「ちょっと舐めさせてみればいいわ。・・・きっと、私達と同じようじゃないと嫌なのよ。」
「そうですか?・・・じゃあ・・・・」
三女は、そっとそれを差しだすと・・・。

白うさぎは、いきなりごくごく飲み出した。
いや、舌で飲むのだから、ごくごくという表現は有り得ないが、だが、そうとしか形容できない凄まじい飲み方だったのだ。
茶うさぎは、少し舐めて、後は白うさぎにずい・・・と差しだす。

唖然とする彼女たちを後目に、白うさぎはすっかりピンクに染まり、お腹を上にして眠っている始末。
茶うさぎはその横で、見張るようにまったりしていた。

「・・・うわ・・・凄い酒豪。・・・見て。」
費夫人が酒の入っていた壺を逆さまにする。・・・もう、ぽたりと水滴の一滴すら、落ちることはない。
「・・・な・・・なんで?! お酒なんて飲ませたこと無いのに・・・・」
「・・・父上じゃないの・・・?」
末娘がにこにこしながら言った。
「たまに夜、自室に連れてってたから・・・もしかして、晩酌してたんじゃ・・・?」
「えええ?!・・・そんなの知らない・・・」
「きっと、毎晩飲んで、お酒の味を覚えてしまったのよ。・・・ねえ?お母様・・?」
「・・・さ・・・さあ・・・・。・・・・ほほほほ・・・・・」
費夫人に目配せをした姜維妻の目線から、察する・・・。
この末娘の言うとおり、きっと姜維が晩酌に付き合わせていたのだと。
・・・というかそうなると、もしかして真犯人は、姜維ではなく・・・費禕・・・・??
「ま・・・まあ、ほら、いいじゃない、お酒くらい。」
「・・・でもピンクになっちゃった・・・・」
「お酒が覚めれば元に戻るわ。大丈夫よ。それにピンクでもカワイイじゃない?」
「酔っぱらい臭い・・・・・」
涙目になる三女に、費夫人は溜息をついた。

あーあ・・・・これは帰ってからひと騒動だわね・・・・。



「だーかーら!!!! お父様!! 聞いていらっしゃいます??」
二日酔いで寝ている姜維の頭に、三女の声ががんがん響く。
「・・・そんな声・・・・ださんでくれ・・・・頼む・・・・」
「お父様のせいで、私の白ちびが酒飲みになってしまいました! どうしてくれるんですか!!」
「・・・酒で何か・・・困るか・・・?」
「うわあああああん!! 困る、困らないの問題じゃあありません!!!!」
ぴーっと泣き出す三女に、かける言葉など見つからない。
そもそも、飲ませたのは費禕なのだ。
だがここでそれを言うと、へたをしたら費禕は姜家に出入り禁止にされるかもしれない。
それに、止めなかった自分も悪いのだ。だから、人の所為にする訳にはいかない。
「酔っぱらいの子うさぎなんて不良ですー!! お父様のばかばかばか〜〜〜〜〜〜!!!!」
頭痛でがんがんする頭を、ぽかぽか叩かれ、姜維はふらふらした。


そして、蜀宮廷内。
「えっ?!・・・そんなことがあったんですか・・・」
「そうですよ、お父様。・・・私にはすぐ、お父様のせいだとわかりましたけど。・・・うさぎにお酒を飲ませるのは、感心しませんわ〜。」
費夫人が費禕に冷たく言った。
「子供にとって、うさぎはカワイイものなんです。生きたぬいぐるみなんです。それがお酒をがばがば・・・なんて、夢を壊しますでしょう?」
「・・・でもそれが動物界の現実・・・」
「あの子達はまだ子供ですからねえ・・・わたくしと違って。・・・さ。」
にっこりと費夫人は笑って、父に言った。
「謝りに行って下さいませ。・・・お土産に、大きな桃饅頭でも持って。」


「そろそろ家庭崩壊したかな?」
夏侯覇は楽しそうに、諸葛瞻に言った。
「酷いなあ・・・。私が行っていない間に、そんなことがあったんですか。」
「ああ。」
「で、崩壊させてどうするんですか?」
「んー?・・・ま、いろいろと。」
「・・・敢えて何も聞きませんけどね。」
呆れて溜息をつく。
どーせ、ろくでもないことを考えているに違いない。でも大丈夫、家庭崩壊なんかはしない。
ただ、多分三女はしばらく口を聞いてくれないだけで。
「なんだ? 思遠、何か?・・・・あ、妬いてる?」
「誰が誰にですか?」
「・・・つれないのね・・・・」
夏侯覇はがっかりした顔をしたが、諸葛瞻は冷たい目で言った。
「まだ酒が抜けてないんじゃないですか?・・・まったく・・・・」
「ああ、だから介抱してくれ〜」
「嫌ですよ。・・・酔っぱらいは、うちも出入り禁止です!」
そう言って、ふんと顔を背けた。


茶色と白のちびうさぎは、三女と姜維のやりとりをじっと見ていた。
でも、彼らはうさぎ。
自分たちのせいでそうなっていることは解らない。
費禕が桃饅頭を持って訪ねてくるまで、姜維は娘に怒られているであろう・・・・。

とりあえず、成都は今日も平和だったとさ。


終わり


可哀想なのは誰でしょう?
 


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