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Happy mail order life
「らんらららんらん♪」
機嫌良く何かを見ながら鼻歌を歌っている王元姫。
「うふふふふ。これもいいわねえ・・・。」
あまりに熱心に見ているようで・・・司馬昭は扉に寄りかかりながら、黙ってその様子を見ていた。
口元に指をおいて何かを見ているの姿を見て、「ああ、昔からあの癖はかわんないなあ」「わりと可愛い」とか、実はそんな事をぼんやりと考えつつ、じっと見る。
声をかけようかと思ったのだが、普段は気付かないことなど一切無い妻の無防備な様子は、見ていて興味深かった。
ぺらぺらと何かが書き込まれている竹簡のようなものを見ながらにこにこしている彼女。そこまで手放しで彼女をにこにこさせているものは何なのだろう?
最近巷ではやっているという噂の恋愛小説でも読んでいるのだろうか。
「ふふっ! 楽しみっと!!」
ぱたん・・・とその竹簡を閉じ、彼女は立ち上がる。
「あ・・・」
「きゃ・・・・」
司馬昭と目があい、彼女は驚いたようだった。
「まあああ! 声くらいかけてくださいませ。」
「いや・・・熱心そうだったのでな・・・つい。」
「いやだ・・・恥ずかしい。」
彼女は少し赤くなっていた。
おいおい、何が恥ずかしいんだ?と聞きたいが、聞くと「やだもう!」とぽかぽか叩かれるので聞かない。
「で、それは何だ?」
「これはですね・・・お取り寄せ型録ですわ。」
「・・・・おとりよせ・・・?」
「ええ。各地から美味しいものを家に取り寄せるの。うふふふ。」
にこにこしながらそれを司馬昭に見せるのだが・・・。
中には蜀の麻婆豆腐セット、呉の美酒セットなど様々な各地の名産ものが載っていた。
注文してから届けるまで早いのも魅力のよう。
だが、司馬昭にしてみれば、同じ材料で洛陽で作れば充分じゃないか・・・と思わずにはいられない。
「殿のおっしゃりたいことは解っておりますわ。」
先に王元姫が言った。
「でもこれは、軽々しくお買い物などできないわたくしどもの楽しみなの。・・・解っていただけるかしら?」
町中で偶然会ったことのある王元姫の説得力のない台詞だが、決して逆らわない。
「ああ。」
頷いた。全然わかりはしないけど。
そう、文句を言いたくとも、女子供の私生活にまで口を出すのは男としてどうだかなあ・・・と思う司馬昭は、決してそういうことに口を出さない。
それで妻妾円満ならいいではないか、でおしまい。
「で、そんなの誰から貰ったんだ?」
「・・・・・」
王元姫はにま・・・と笑った。
その笑顔に 司馬昭はしまった!と思った。
「・・・いい・・・わかった。」
「あらあ・・・。やっぱりあの子のことはわかるのねえ。うふふふふ。」
不気味な笑い。
なんであいつが? まさか? どうした?・・・と思わずにはいられない相手が、何故彼女にそんなものを寄越したのだろうか。
「そうですよ。私ですよ。」
鍾会はさらりと言った。
「おまえが妻に何かを送るのも不気味だが、彼女がそれをさらりと受けとるのも不気味だ。・・・なんか企んで・・・」
「ませんよ。」
鍾会は別の型録を見ながら言う。視線をこちらに向けないのも憎たらしい。
「たまには上司の妻にゴマをするくらいしたっていいじゃないですか。」
「不気味なんだ! お前、彼女を嫌ってるじゃないか。」
そういうと、漸く型録から視線を上げて、司馬昭を睨んでいった。
「嫌いですよ。美人で家柄も良くて優秀でしかもあなたの正妻なんて。どれか欠けてれば嫌いじゃないんですけどねえ・・・せめて不細工だったらかわいげあるのに。私と並ぶこの完璧さ。本当に頭に来ますね」
人を誉めつつ自分をもっと誉める。さすが鍾会である。
「ではなんで・・・」
「ですから。たまにはゴマをすったっていいじゃないですか。」
不思議というよりはどこか恐れるような顔をした司馬昭ににこりと笑いかける。
綺麗な顔が笑顔になるのは気持ちが良いのだが、今回に限っては非常に不気味である。
「・・・・・・・・・・」
「喜んでいらしたでしょう?」
「それはもう。」
夫の存在に気付かないくらいな、とは哀しくて言えなかった。
「ならそれでいいじゃないですか。」
不気味に笑う鍾会に、それ以上は何も聞けなかった。或いは本当に他意はないのかもしれない。
「はい、こちらもどうぞ。僕はもう見終わりましたよ」
と、鍾会は今見ていたものを司馬昭に寄越した。
「取り仕切ってるのは夏侯覇みたいですけどね」
「・・・・え?」
司馬昭は驚く。
なんで夏侯覇が? 蜀はそんなに困ってるのか?!と。
「だって夏侯覇が送ってきたし。副業でもはじめたんじゃないの?」
「・・・・・・」
そもそも、敵国に亡命した男に何か貰うとかありなのか?
「あ、わかった! 姜維を北伐に行かせないために、これで重労働強いてるんですよ。きっと」
んな訳あるかよ!と怒鳴りたい司馬昭だったが、そういえば蜀に送った間諜から「なにやら宅配屋が沢山いる」という情報を得たばかり。なるほどねえ、これだったのかと妙に納得はした。
どこか納得できない部分があることをこの際忘れることにした。
国境平和で家庭も平和、良いことではないか、と。
その光景を物陰から見ているものいて。
「ふーん、考えましたねえ・・・」
「公閭殿は何を納得されてるんですか?」
「あー・・・それはですね。」
賈充はにっこりと笑っていった。
「怖い奥さん同士、共同戦線を張った上でのバトルに方法を切り替えたんですよ。」
「怖い奥さん・・・?」
一緒に見ていた衛カンがニヤニヤする。
「そうそう、士季殿と奥方と。」
「どっちにしろ恐妻家なのね・・・」
衛カンは笑いながら肩をすくめる。
ま、この宮廷内に恐妻家じゃない男なんてもう10年以上前に絶滅した筈だ。
いや、下手をすればこの国家誕生前に絶滅したかもしれない。
でも、一人男じゃん!とかそういう突っ込みは無い。そこが、この国。
「士季殿は可愛いけど恐いからなあ」
「そうですね。子上殿だけにはデレデレなんですけどね・・・」
「あ、あと一匹・・・」
「・・・猫の姫か・・・・」
鍾会のデレは見ようと思えば案外見られるんだな、と二人は納得した。
ただし、司馬昭か猫か、という二択の中で。どの場にもあまり居合わせたくはない。
「その十分の一でも私たちに優しさを向けてはくれませんかねえ・・・」
衛カンはため息をついた。
いつも鍾会とは話し合いが平行線のうえ、最後はお互い「お前ろくな死に方しないからな!」と言い合う衛カン。
賈充から見ると「とても仲良し」に見えるあたり、どちらかの何かが間違ってはいるのだが、誰も気付かない。それもこの国ならでは。
だからこそ、賈充も言う。
「士季殿に優しさを期待? 気持ち悪いこと言わないでくださいよ。伯玉殿には優しいでしょう。あれ以上他の人に優しい士季殿なんてはっきりいって気持ち悪い、いいえ、キモいです」
最近、密かに賈充の中で流行語を使うのがブームらしい・・・と衛カンの心のメモに書かれる。
「そうですかねえ? まあいいですけど。ところで蜀の通販型録・・って・・・」
「私も持ってますよ。一部あげましょう」
賈充は衛カンに差し出す。
受け取って礼を言いつつ、ここまで平和なら別にもういいか、と衛カンも賈充も深く考えるのはやめることにした。
場所は変わって・その頃、蜀の夏侯覇宅。
「・・・また通販お申し込みが来てますよ」
「よし。ではお前達、早速発送準備に取りかかれ!」
「あいやー」←配下の兵士たちの声
夏侯覇の家は、まるで宅配便の集配所のような状態になっていた。
「・・・ていのいい便利屋にされてませんか? あなた・・・」
費禕は呆れたように言うが、諸葛瞻は汗だくになって夏侯覇と一緒に包装を続けている。
素直なのもここまでいくと病気だ。普段は夏侯覇にはツンデレどころかツンツンだったのに、何時の間にデレデレになってるし。頼まれると案外断れない、強気のごり押しに実は弱いってのは諸葛家の伝統である。
そして、姜維も何故か手伝わされている。
「文偉も手伝え!」
「宛名書きしてるじゃないですか、これも手伝いですよ。てか、なんか司馬家多いですねえ」
「は?!」
「王元姫・・・司馬炎・・・司馬攸・・・司馬望・・・羊徽瑜・・・こいつら一緒に申し込めば送料無料なのに・・・」
司馬昭を中心に、妻・息子・息子2・従兄弟・義理姉・・・・確かに全員、一族。何かあれば皆殺しメンバーである。
「母親と一緒に通販申し込む息子なんて気持ち悪いですよ」
「だな。でも安世殿、明らかに女への貢ぎ物だな、これは」
代わりに別のものを入れたい気持ち半分、でもそんな事社会人としてどうよという気持ち半分。
「子上宛とかあれば炭疽菌くらい仕込んでやるんですけどねえ」
費禕が物騒な事を言う。
いまだ忘れない。司馬昭を討ち損ねたあの一瞬。既に何年もたつのにまだ、何故あの背に一撃、いや一矢でもいい、見舞ってやれなかったのかという悔しさを物騒な妄想で紛らわす。
夏侯覇は横目で見ながら心の中で「ホント文偉って根暗だな」と思いつつ、冷静に答える。
「やめてくれ。会社の評判が下がる」
「・・・会社にしたのね・・・・」
外には、配送待ちの馬と人がいっぱい待っている。
姜維はぶつぶつ言いながらも梱包に余念がない。
「炭疽菌なんて勿体ない。タリウム201とかどうですか?」
「放射性同位体は配送人にも迷惑かかるしなあ・・・」
物騒な会話が続く。
「その前に私たちが死にますよ! まったくもう!! みんな遅い!!!」
費禕がキレる。事務処理が早い彼は、みんなをしきりだした。
「ほらほら早く!!!」
何時の間に宛名書きも妄想も終了し、はちまきをしていた。
「さあ! 洛陽への配送便はこっち! 長安へはこっち!! ほら、さっさとするっ!!」
蜀で一番の事務能力、戦場・政治以外でもばっちり発揮しながら、費禕は叫んだ。
そして、また洛陽。
「・・・・・」
司馬昭は家に届いた包みの一つを睨んでいた。
確かに、妻が注文したものだ。だが・・・
「・・・これ、包装したの夏侯覇なのか・・・」
自己主張の強い夏侯覇は、しっかりと自分のスタンプを押している・・・いや、違う。「包装責任者」の判子が押してあるのだ。
夏侯「覇」までは入ってないが、おそらく彼だろう。蜀にそう夏侯姓がいるとも思いたくない。
しかも、手紙も入っていた。
「なになに・・・娘によろしく・・・・・・あっそう・・・・」
憎まれ口でも入ってれば面白かったのに、至極まっとうな伝言にがっかりする司馬昭。
優しい王元姫なら、きっと夏侯覇の娘にその旨を伝えるだろう。冷静に考えれば、羊徽瑜に伝えた方が早い気がするが。
そして、他に届いた品物もチェックする。
「・・・姜、諸葛、費、張、劉・・・・あいつらなにやってんだ・・・・って・・・・劉?!」
まさか、な。
皇帝が雑用するとか、いくら蜀でもないよな?うん。
司馬昭はそれ以上深く考えないようにした。そうそう、多い姓だ。うん、きっと・・・
「あら、もう届いてるのね」
王元姫はいそいそと箱を開ける。
南蛮香り石けんセットなるそれは、開けた瞬間にふわりといい香りがあたりに漂った。
「ほう・・・」
珍しく司馬昭が感嘆の声をあげる。
「これは良い香りだ。・・・なんの香りかは解らないがどこかでかいだような??・・・」
「えーっと、これは・・・月下美人・・・ですって。素敵な名前ね」
ここで夏侯覇、或いは諸葛誕あたりなら「目の前にいるではないか☆」くらいいって相手を極楽気分にできるのだが、そこは司馬昭。残念ながらそういう思考回路はシナプスが繋がらない。実はそんなことは賈充だってぺらりと出来てしまうのに。
女性に対して非常に残念な出来でもあるが、そういうところもある意味美点かもしれない。
「いい香りだわ。そうだ、箪笥の中にも一ついれましょうっと。あとはお風呂お風呂・・・」
「・・・私もそれを使うのか?」
「お嫌でしたら、普通の石けんも置いておきますけど・・・」
「・・・頼む」
司馬昭は、その石けんを一つ手に持ったまま呟いた。
確かにいい香りだが非常に強烈だ。
だが、この香りはどこかでかいだことがある気がする。そして思い出したのだ。
・・・士季の家じゃないか、この匂いは・・・
「どうしました、殿?」
「いや・・・なんでもない」
まさか、ここでそんなこと言えない。
「なにかこの匂いに覚えでも?」
にっこりと笑う王元姫。くらくらする匂いにむせながら、司馬昭は石けんを置く。
「い・・・いや、強烈だなあと思って」
どきりとしたのを悟られないように、冷静に答える。
「そうですか? 私は嫌いでは無いのですけれど。落ち着かないかしら?」
にこにこしている彼女の真意などわからない。
だが、我が家も鍾会の家も同じ匂いになっては、何だか落ち着かない、違うからいいのだ・・・そう思いながら。
これも、鍾会の策略の一つか、あるいは考え過ぎなのか。
僅かに顔を顰めた司馬昭に、賢い彼女は気がついて再び聞く。
「この匂い、そんなにお嫌?」
「いや、・・・嫌いではない、気にするな」
あわてて答えると、王元姫はにっこり笑った。
「それはそうでしょうね?」
王元姫は微笑を浮かべながら、心の中でだけ舌を出す。
・・・あの子と同じ匂い、わからないわけないじゃない、どれだけこの香りで朝帰りしたとお思いなのかしら?
・・・ホント、にぶいのよねえ・・・そこが可愛いんだけど。
言葉の意味を考えるまでもない。そして、誰が何を仕組んだのかを考えることもない。
つまりだ。
これ以外の香りをさせれば、別の諍いを起こす訳かと。
ここまではいい。でもこれ以外はダメだという警告か。本当にいいのかも疑問だ。
否、気付かせるなということか。
言葉に出さないところが流石と誉めるべきか。
鍾会の意図も王元姫の意図も、わかったようでわからない。だが、同じ香りは二人が手を結んだかのように見えて、平和以上に厄介なものに感じて、司馬昭はぞくりとした。
「どちらにしろ、蜀がからむと面倒ということか。やっかいでたまらんな」
一人になったあと、ため息をつきながら通販型録を取りあげた。
なにかいいものを買って機嫌を取らないとな、どちらにも。・・・などと考えながら。
おわり
(2010/11/25)
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