「綺麗な花だね・・・。この、星の形の朝顔。」
費禕は思わず呟いた。
早朝の、まだ朝靄で白く周囲がけぶっている時間。
いつもなら姜維の腕の中ですやすやと寝息をたてて、幸せな眠りを貪っている時間。
文官の例に漏れず、朝が苦手な費禕は、いきなり起こされ、少々不機嫌にすらなった。
・・・戦場でもないのに。なんでこんな時間に・・・・。
そして起こされ、静かに庭まで連れてこられ、そして見せられた、美しい野の花。
青い朝顔。星の形に花が咲く。
費禕は、初めて見る朝顔に目を見開いたのだった。
剣門関の山の中にしか咲かないこの朝顔を、漢中まで持ってきたのは姜維だった。
費禕は珍しそうに見つめる。
こんな形の朝顔を見たことは無いし、色も、不思議な色だった。
まじまじと見つめる費禕に、姜維は続ける。
「珍しいと思わないか? しかも・・・・。」
この花の開花時間は短い。
明け方の太陽が昇って、その光を浴びるともうしおれてしまう。
その事を説明し、費禕は納得した。
だから、こんな早朝に起こされた訳だ、と。
「まるで、星・・・。」
「形が?」
「いや・・・。だって、夜のうちに花開き始め、明るくなるとしおれる。明けの明星の様ではないですか?」
「ああ、ほんとうだな。」
その花に顔を寄せると、微かに青臭い、夏の植物の香りがした。
夏の朝特有の湿った空気になじむ、優しい野の香り。
「色も、不思議な色ですね・・。あまり、朝顔には無いような・・・。」
「この色だと、山の中で咲いていても、目立たないな。」
色は、濃い青・・・。青の中でも、かなり深みのある、変わった色だった。
明け方の、太陽が昇る前のような空。
「空の色を映し、星の形をした花。・・・ふふ、縁起がいいですね。」
「そうだな。ここに蒔いておけば、こぼれ種で毎年花を咲かせる。」
ふたりはふふ、と笑った。
明け方の、まだ太陽の昇りきらない時間。
庭に出てそんな会話をしている二人。
ふと、早起きしすぎてしまった郤正が、そんな二人を見ていたことなど気づかないで。
そして。
二人の様子を見て・・・郤正はほっとする。
昨晩もまた、ふたりはやりあった。
北伐をしたい姜維と、内政を落ちつかせたい費禕で。
あまりの激しい口論に、周囲が口を挟めなかったくらい。
それでも、一旦その場を離れると、いい友人でありこうして穏やかな会話を交わすことができる。
いや、そうやっていい友人だと思うからこそ、本心をぶつけて言い争いをするのかもしれない。
それはそれで・・・いい関係だと、思う。
費禕にとって・・・否、その他、この国の今の中枢部分の人間にとって、姜維がこの国の人間であると理解しての言動なのだから。
姜維をまだ「他国からの降将」と思っていれば、そのような言い争いなど、望むべくもない。
信頼と実績があってこその、意見の相違。
そういう関係が、保身に走る自分には少しだけ、羨ましかった。
朝靄は次第に薄れ、東の空から黄金色の光が空に満ちてくる。
さ、もう一眠り・・・そう考え、そこを去ろうとした郤正に、費禕が気がついた。
「令先殿、何を見て居るんですか?」
費禕が突然ふり返って声をかけてきた。
「いえ・・・。」
「令先殿もこちらへいらして、ご覧下さい。」
姜維が言うと、郤正はにっこりと笑っていった。
「いえ。お二人のお邪魔をしては申し訳ないので、私は後でゆっくり見ますよ、それでは。」
紅くなる二人を残し、郤正は立ち去った。
「・・・なんか・・・恥ずかしいですね・・・・伯約・・・。」
「ま・・・まあな・・・・。」
ふと朝顔を見ると、もうすでに花弁の先がしおれ始めていた。
空を眺めると、暁の輝く星も、もう消える寸前で。
「・・・今日は、大人しくしてましょうか・・・・。」
「そうだな・・・・・。」
爽やかに晴れたその日。
姜維は大人しく、費禕も淡々と会議を進めていた。
あまりの事に不気味がった周囲も、敢えて何も聞かなかった。
ただ一人、郤正だけがにこにこして、二人を見守っていたのだった。
完