灰色うさぎ物語 1
そのうさぎは、灰色だった。珍しい毛色で、長さも中途半端にバタくさい、ふかふかの毛。
いつからそこにいたのだろう?
どこからそこに来たのだろう?
皇帝の庭園の中で、まったりと暮らしていた。
天気の良い日はふかふかの草の上でお昼寝、雨の日は木の下に隠れていた。
曹髦は、 捕まえようとした家来達をしかりつけ、そのうさぎを庭に放置していた。
雨の日は、そっと傘を出して置き、また、毎日、餌の入ったお皿を庭に置いてくれた。
うさぎは、ちょっとだけその皇帝に、好意を持っていた。
でも人間なんて、まだわからない。
だから、遠くからみているだけだった。
「なんかいるんだ。庭に、ちょろちょろと小さい、灰色の生き物が。」
曹髦は鍾会に言った。
「凄い可愛いんだよね。うさぎなんだけど、捕まえられないかな?」
「捕まえてどうするんです?」
「ペットにしようと思って。」
「ペットですか・・・。」
鍾会が呆れたように言うと。
「士季だって可愛い黒猫、飼ってるくせに。」
「あれは・・・・」
あれは、子上様の奥さんに対する嫌がらせの一環です!・・・と言おうとしたがやめた。
名前は「姫」。王元姫から一文字いただいて遊んだのだ。それを聞いた王元姫が「猫如きと一緒なんて!きぃ!」と怒り狂って司馬昭に八つ当たり・・・をしたかどうかはさておいて。
実際、飼ってみたらその猫じたいは可愛くて仕方がない。あんな憎たらしいオバサン奥方になぞらえるなんて、勿体ないとか思っていたのだ。
・・・だが、いくら曹髦にでもそれは流石に言えず。
「ま・・・まあ、ペットは確かに可愛いですね。」
「だろう? あのうさぎが良いなあ。可愛いんだよ。こっそり餌を置いておくと食べに来てたりして。ものかげからじっとこっちを見ていたり。」
曹髦は、まるで恋人が尋ねてくるかのように楽しそうに言う。
「なら、餌付けして傍に招き寄せれば良いんですよ。頭のいい動物なら、危害がないと解れば懐いてくれますよ。」
「そうか。じゃあ、そうしようかな。」
「目線をその動物に合わせて、だんだん、餌のお皿の位置を近づけるんです。で、最後は手から餌をあげればいいんですよ。」
「そうなのか?」
「ええ。そうすれば撫でさせてくれます。そして、撫でられるようになったら今度はそっと抱っこしてみればいいんですよ。」
鍾会はそう言って、にっこりと微笑した。
「首尾良く手懐けたら、是非私にも触らせてくださいね。」
「ああ。」
曹髦も微笑し返す。
「では私はこれで退散しましょう。」
「ええ?! もう帰るのか?」
「頑張って、うさぎを手懐けてくださいね。」
鍾会はさっさと退室した。
何となく、うさぎにやきもちをやきながら。
・・・なにもたかがうさぎにあんな執着しなくとも。
そもそも、なんで皇帝の庭にいるのだろうか。
だれか宮女のうさぎなのか、それとも厨房から逃げ出したのか・・・。
とても不思議だった。
部屋を出た鍾会は、大声で独り言を言う。
「ふん、私にだって姫がいるもんね。・・・早く帰って、姫と遊ぼうv」
「・・・その名はやめてくれ、頼む。」
鍾会の独り言に返事。振り返ると司馬昭がいた。
「ええ? 女の子だから姫ですよv 可愛いでしょう? どっかの誰かみたいに性悪な姫とは違いまして。」
「露骨だな・・・お前にしては。」
「ついでにうちの姫は絶世の美女ですよ。そこらへんの姫とは違いますから。」
・・・妻はそこらへんの姫なのか、そうか・・・と、思ってしまい、司馬昭ははっとする。
「猫に美女もなにもあるか!」
「有りますよ。感性の違いですかねえ、見分けられないなんて可哀想。 」
「・・・・・・・」
「あんまりそういう事言うと、奥方についてもいろいろ想像しますよ?」
「は?」
「いや、その程度の感性じゃあ・・・・ふふふ・・・」
美人でもブスでも、わかんないんじゃない?・・・とまでは言わなかったが、意地の悪い口元が今にもそう言いそうだった。
「あのなあ・・・・」
「弁解はいいですよ。あなたの奥方に興味などありません。私は帰りますよ。では。」
鍾会はさっさと司馬昭に背を向けて、その場を立ち去った。
非常に機嫌の悪い鍾会。
そして、司馬昭はその後、曹髦と話すことで、何故鍾会がぷんすこぷんだったのか、少し解った。
「ああ、いいところに。・・・ほら、あそこに何か走ってるだろう?」
曹髦に指さされ、司馬昭が見る。
「まるまるしていて、美味しそうなうさぎですね。」
「・・・・・・・・。」
「あ、失礼しました。陛下のうさぎで?」
「いや、これから私のうさぎにするんだ〜♪」
そう言いながら嬉しそうにうさぎを目で追う彼は、15才の少年らしい、はればれとした顔だった。
「・・・そうですか・・・・」
「何? 昭は何か文句でも?」
「・・・いや・・・無いです。」
なんだろう・・・風流人の間で、ペットブームなのだろうか・・・そう思いながら、庭のうさぎを見詰めていた。
「見ろ!士季。・・・てなづけたぞ!」
次に尋ねたとき、その灰色のふかふかのうさぎは、曹髦の膝の上でおやつ?を食べていた。
くりっとした丸い目、全体的に丸みをおびた灰色の体、ちっちゃい、白いしっぽ。そして、ふかふかな、中途半端な長さの毛。
確かに曹髦の言うとおり、とてもかわいい子うさぎだった・・・いや、子、というには少し大きいのだが。
「おや、可愛いですね。・・・では私も。」
鍾会がえさのにんじんを差しだすと、そのうさぎはちょっと警戒するようにしながら、それでも食べた。
だが、曹髦があげた餌に対する遠慮がちな可愛い食べ方と、鍾会があげた餌に対する食べ方が、何か違う。
そして、がぶりとやられる。
・・・コイツ、まさか・・・
鍾会はぴんとくるものがあった。
・・・まさか、やきもち焼き???
「あ、大丈夫、士季、ごめん・・・」
「いえ、大丈夫ですけど。」
そう言ってうさぎを見ると、「ごめんね、ごめんね」と言うような顔で見ている。
「この子も謝ってるから許してくれ。」
「ええ。もちろ・・・・」
その時、鍾会は見た。そのうさぎがにやり!とするのを。気のせいではない!
そう、何かこの、曖昧な灰色という毛色といい、可愛子ぶった態度と言い・・・自分に似ていると思ったのだ。
うさぎの方も、鍾会に対しては態度が悪い。
自分も、なんだかこのうさぎが気に入らない。
「・・・似てるよね、士季に。」
「・・・・・・・」
「これからこいつ、士季うさぎって呼ぼうかな?」
曹髦は面白がって言った。
「ほら、見て! 寝床と、座布団を作ったんだ。うさぎ士季専用。」
「そうですか。」
鍾会は益々おもしろくない。
「専用の籠もある。・・・この中に入って丸くなっていると、もう可愛くて・・・」
「・・・・・・・」
「でも、いつも一緒に寝るんだよね〜、士季うさぎv」
「・・・いいですよ、私には姫がいますから。フン」
ぽつりと言ったが、曹髦の耳には入っていないようだった。
そして、 鍾会のやきもちをよそに、曹髦はその士季うさぎを、自慢げに人に見せびらかした。
勿論他の人間の前で「士季うさぎ」とは言わないが。
当然、司馬師・昭兄弟にも得意げに見せびらかしたわけで・・・。
「陛下はまだお若いから、ああいうのに興味を持つのかね?」
司馬師の言葉に、司馬昭は言う。
「兄上、若くなくても・・・ああいうのもいますから・・・」
「ああ・・・・・」
二人は、鍾会を見詰める。
黒猫のペット・姫を連れ歩く鍾会を。
「・・・士季・・・・お前・・・・」
「なんですか? べつに宮中はペット禁止じゃないですよね?」
「・・・ま・・・まあな・・・・」
なんだか迫力に負けた司馬師だが、怒っても仕方がないのでそれ以上は何も言わなかった。
そもそも、皇帝がやっているのだ。仕方ない。
「・・・私も何か飼おうかな・・・」
「え?! 兄上が小動物?!」
似合わねえ〜〜〜〜〜・・・・・とは言わなかったものの、つい聞き返した司馬昭を、司馬師は睨む。
「・・・私が小動物を飼うのは変なのか?」
「いや・・・滅相もない。・・・でも兄上、動物ってお好きでしたか?」
「味は。」
「は?!」
「味は好きだ。」
司馬師は頷きながら言う。
どう答えて良いのか狼狽える司馬昭を横目で見て。
・・・冗談に決まってるだろうが、このボケ!
そう言いたかった。
うさぎは、皆の人気者だった。
そのふわふわの毛の触感が何となく、触る人々を幸せな気分へと誘うらしい。
ずっと曹髦の膝に乗っているが、気が向くと室内をうろうろしていたり、廊下を歩いていたり、庭で遊んだりしている。
ある日、司馬昭が足下をうろつくうさぎを見つけた。
「なんだ、お前・・・。こんなところうろうろしていると、厨房に連れて行かれるぞ・・・なーんてな。」
屈んで手を延ばすと、指を舐めてきた。
鼻をひくひくさせながらの行為に、司馬昭は思い当たる。
「腹が減ってるのか?・・・お、そうだ。これこれ・・・」
懐に手を入れ、薄い紙に包まれた砂糖菓子を出す。
高級なものらしいが、実は司馬昭は甘いものはあまり好きではなかった。
「甘いモノは苦手だからな、お前にやるよ。」
そう言ってうさぎの口元に持っていくと、うさぎはちょっと匂いを嗅いで、勢いよくぱくっと一口で食べる。
もぐもぐ口を動かしながら、満足げに目を細めた。
「・・・可愛い顔していやしいなあ・・・お前。・・・なーんか・・・あいつみたい・・・」
そのあいつ、とは鍾会の事である。
甘党なところまで一緒だ。
「もう無いからな。・・・じゃあ、ご主人様にお届けしようかね・・・・」
司馬昭はうさぎを片手に乗せ、曹髦のところへ行こうと廊下を歩き出す。
ちょうど途中にうさぎ籠が落ちていたので、拾って中に入れてみた。
「あら、陛下にお届けならこれも・・・」
ちょうどそこにいた女官達に、その籠に花を飾られる。
可愛い花々に埋もれて、目を細めながらうつらうつらするうさぎ。
「きゃあv かわいらしいわ〜」
「ほんと、陛下もお喜びになるわね」
そう言ってきゃっきゃ言う彼女たちに。
「・・・ちょっと待て。この私に、この花かごを持って歩けと言うのか?」
「お似合いですわ。」
「本当に。」
あきらかに、彼女たちにからかわれたのを感じる。
だがまさか、名目上でも「陛下へのお届け物」を捨てるわけにはいかない。
「覚えてろよ・・・・」
「まあ、こわーい。」
「ほんとほんと。おこりっぽい中年はもてませんわよv」
くすくす笑いながら、彼女たちは去っていく。
諦めて司馬昭はその籠を、曹髦に届けた。
「・・・わ・・・か・・・・かわいい・・・・・」
曹髦は花かごと中身「だけ」を見て、呟く。
花に埋もれて眠るうさぎは、愛くるしく、ついつついて起こしたくなった。
「・・・あなたがこれを?」
「いいえ。・・・そこで女官につかまりまして。」
「ふうん・・・。・・・似合うよ。」
とりあえず曹髦はそれだけ言うと、もううさぎに夢中だった。
・・・私はなんだ、単なる運び係か?!・・・と司馬昭は思ったが、まあ、この若い皇帝と何かを話さなければいけないのもかなり苦痛なので、それでよしと思うことにした。
だが その後から。
司馬昭が謁見の時には、そのうさぎが必ず餌を強請るようになったのだ。
よくよく甘党のうさぎだったのかはわからないが、とにかく、司馬昭が入ってくると喜んで駆け寄ってくるのだ。
当然、曹髦は面白くない。
他の誰にも、そんなことはしないのである。
むっとする曹髦を見て、そして苦笑いする司馬師。
司馬昭は気付かないのか、平気な顔をして、砂糖菓子をやる。
前足で司馬昭の足をつつき、「もっとちょうだい」とおねだりポーズを取ったりすると、司馬昭もつい微笑し・・・そして益々不機嫌になる曹髦。
司馬師が優しく言った。
「陛下、そのうさぎは陛下の方が何倍も好きですよ。・・・昭に懐いているのは、お菓子のせいです。」
「・・・そうなのかな・・・・」
「ええ。それだけですよ。だってついていかないでしょう? いつも、陛下の膝に戻るではないですか。」
「・・・そうか。」
「ええ。餌で釣ってるだけですよ。」
司馬師はそう言って、曹髦の腕の中のうさぎにさりげなく触ると・・・。
何故か、全身の毛をふわりとさせて、ふるふると震えている。
目は、涙目になっている。
「・・・?・・・私は恐いのかな?」
「・・・・本当だ・・・・」
「ああ、そう言えば今朝の食事はうさ・・・・・」
「?!」
「・・・冗談ですよ、陛下。」
司馬師と曹髦は目をあわせ、そして二人で笑う。
「それにしても、昭は平気で私は恐いのか・・・・」
「士季みたい。・・・大将軍には萎縮してるけど、昭だと平気みたいだし・・・・」
「成る程・・・」
顔を見あわせ、そして二人で笑った。
・・・こいつはやっぱり、うさぎの士季だ!!・・・・と。
「ま・・まあ、かわいいな。」
「そうですね。・・・そういえば、最近、士季殿・・・見かけませんねえ?」
司馬師は苦笑しかできなかった。
陛下も昭もうさぎに夢中でかまってくれないから、自宅で猫遊びに夢中なんですよ・・・・とは言えず。
「そうですね、具合でも悪いのかな?」
「こっそりお見舞いでも行こうかな?」
曹髦はくすくす笑った。
「大将軍、協力してくれないかな?」
「・・・役職としてはお止めしないといけないと思いますが、まあ、少しの息抜きくらい・・・宜しいでしょう。」
司馬師もにっこりと笑った。
普段冷たい容貌に見える彼の微笑に、曹髦は少しだけ驚き・・・腕の中のうさぎは、震えが絶好調となり夜中までがたがたするほど怖がったのだった。
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