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灰色うさぎの物語 in 蜀 2
真っ白な、フワフワな体。
つぶらな、黒い瞳。
垂れ下がった耳。
そこには、とてもかわいい、白いうさぎが一羽、彼女を見上げていた。
「・・・なんてかわいらしい。しかも、白くってふわふわで綺麗だわ。」
費夫人が抱き上げようとしても逃げる気配も無く、大人しくしている。
抱き上げると、甘えるように鼻をすりつけてきた。
「見て、お父様。またうさぎ。・・・どうしたのかしらん? 」
白いうさぎはきょろきょろと、何かを捜している風だった。
「・・・もしかして、あの雑巾色の仲間かねえ?」
「あらら、そうかな?・・・って、雑巾色って・・・」
「灰色だからね・・・伯約がそう呼んでいる。」
「あ・・・そう。・・・そういえば私も、雑巾って思ったわ・・・あれ・・・・。」
それにしても。
なんで宮廷内はこう、訳のわからない動物がいるんだろう・・・そう思ったが、あえて費禕は何も言わなかった。
同じ事をおそらく費夫人も思ったが、何も言わなかった。
費禕は、そのうさぎを姜維の家に連れて行ってみた。
そのしろうさぎはとても礼儀正しく、姜維を見てもきちんとお辞儀をするような、 躾正しいうさぎだった。
でも飼いうさぎでは無いようで、どこか人に対して、警戒心を持っている。
「こんどはずいぶん、美形のうさぎだなあ・・・」
「ほんとだ。」
「白くてつやつやだし。・・・大人しいし。」
「でも、耳が寝てるうさぎなんてはじめて見た。」
そして、子上うさぎ(笑)と対面させると・・・。
二匹はくんくんと匂いを嗅いで、ぴったりとくっついた。
灰色の方は甘えるように体を寄せ、白い方はよしよし、とでも言うように、耳で灰色を撫でている。
「あ、やっぱり仲間みたい。捜しに来たんだ・・・・」
「おー、もう、どうでもいいが、白ウサギ、その馬鹿うさぎを連れて行け!」
姜維が言うと、馬鹿うさぎ・・じゃなく、灰色のうさぎは怒って、姜維に向かって猛ダッシュをしてきた。
卓上に飛び乗り、上にあるものをひっちゃかめっちゃかにし、硯を壊し、筆を落とし、あたりを汚す。
白いうさぎもびっくりして、目を見開いて見ている。
「ホラ、伯約、馬鹿とか言ったから怒ってるんですよ。」
「解るわけないだろ、こんな・・・・うわああ!」
今度は飛びかかられ、肩口を噛みつかれる。
「やっぱり解ってるな。ほら、やめろ。」
夏侯覇がうさぎを掴んでも、まだばたばた暴れていた。
「私に。」
娘が手を出して受けとると、今度はぴたりと大人しくなった。
娘の手の中でぎりぎりしながら、でも暴れる気配はない。
「よしよし。・・・白い子も一緒に、あっちに行きましょうね。」
娘達がうさぎを連れ去ると、ひっちゃかめっちゃかの部屋に、三人が取り残された。
あの一瞬でよくぞここまで、と思うくらいの荒れっぷり。
「な・・・なんなんだ・・・・」
「アレだな、お前に限らず、どうも男が嫌いみたいだな。」
「たいがいの小動物は、そうですけどね。」
三人はどんよりとする。
「まあでも、男好きのオスうさぎよりはいいだろ?」
「ま、至極まっとうですね」
「そういう問題か・・・?」
そして、その部屋を見まわしながら。
「・・・とりあえず、片付けようか・・・?」
「そうするか。」
「それにしても、なんで急に宮廷内にうさぎが湧いて出るようになったんでしょうねえ。」
費禕が、首をひねった。
ちょうどその頃、宮廷では・・・・。
「え?! 白いうさぎ?」
「ああ。朕のうさぎなんだが、今朝から見あたらなくって。見つけたらつれてきておくれ。」
費夫人が青くなっていた。
どうもあのかわいい白うさぎは、劉禅のものだったらしい。
どうしよう、もう上げちゃったわ・・・ でも、劉禅にペット・・・???と思った費夫人は、聞いてみる。
「あの・・・失礼ですが、あのうさぎは何のために?」
「・・・実は。」
劉禅の言ったことは、やっぱりというかそんな理由。
今お気に入りの妃が、うさぎ料理が好きなのだ。
それだけだった。
「国境付近でうさぎが沢山いるところがあってな。そこから捕まえてきたんだ。先日も灰色のに逃げられたが今日も逃げられてね。料理人は困るわ、妃はヒスるわで。」
うさぎナーイス!・・・と費夫人は思った。
軽薄な劉禅の愛人達はみな大嫌いなので、困ったどころでどうでもいい。
冗談半分で自分も思っていた。厨房から逃げてきたのかな?と。しかし、まさにそれが本当とは。
どんな調理のされ方をしようとしてたのか、考えるだけでもぞっとする費夫人。
「他にもうさぎはいるのですか・・・?」
「いや。また取りに行かせないと。」
「・・・・・・・。」
んまー、ほんとにアンタって暇なのね!・・・・と思いつつ、費夫人はうさぎをさっさと連れ出したことにほっとしていた。
部屋を出ると、黄皓が待っていてこう言った。
「アンタ、うさぎ持ってたわよね?」
費夫人はまたもやえへへへと笑いながら。
「でももう証拠はなくってよ?」
「そうね。ま、アタシには関係ないし。」
「そうそう。余計なことは言わないのよ。」
にっこりと笑い合った。
お互い、下手な口出しをしないことに徹している。
一方の姜維の家。
娘達三人はうさぎを見下ろしながら、言っていた。
「むかえに来たのかな? じゃあ、帰してあげないと可哀想だよね・・・?」
「そうねえ。うさぎは私達が餌をやらなくても、そこらへんのもの食べるしね。」
「それにしても、どこから来たのかしら? お兄ちゃんかな? お姉ちゃんかな?」
「あら、兄弟なの?」
「うん、何となく・・・そんな感じ、しない?」
「でも、一緒に捕まるなんて、おまぬけさんなうさぎねえ・・・」
首を傾げながら二匹を撫でくりまわす。
白いうさぎは、灰色のうさぎが余程心配だったのか、顔やら耳やらを一生懸命舐めている。
灰色のうさぎは、目を細めて甘えている。
娘達・・・三人は、実はその白うさぎにある名前を思いついていた。
真っ白に見えたそのうさぎ、実は抱き上げて解ったのだが、目元に黒い、ちいさなぶちが一個だけついている。
それが泣きぼくろのようでいろっぽいのだが、どうもその位置のほくろだと、とある魏国のこわ〜い有名人を思い出すのだ。
だが、言えなかった・・・父親の事を考えると。
ただでさえ、灰色に「縁起の悪い」名前が定着しているのだ。あまりにフィットしすぎるネーミング。
「ち・・・ちょっと、私達も悪かったわね・・・。悪のりしすぎだったわ。」
「まあね。でもなんか、呼んでいるうちに子上でなじんじゃったのよねえ・・・。」
「このままの名前だと、この国が滅亡したら私たちは不敬罪で牢獄かな?」
「・・・・・・・・」
「とりあえず、どうしましょう?・・・このまま嫌がらなければ、うちにいてもかまわないけれど・・・」
それは、二羽は一向にかまわないようにも見えたし、二羽で何か遠くをみていると、家にかえりたいのかなあ?などと思わせた。
その頃、費夫人は早速費禕に、事の顛末をちくっていた。
「国境?」
「ええ。なんか、うさぎが沢山いるところがあるんですって。・・・そこから捕まえてきたって、陛下が。」
「あー・・・あのうさぎ村の事かな?」
「うさぎ村? なんですかそれは・・・・」
「ん、確かに、やたらとうさぎの多い場所があるんだよ。・・・でも近隣住民に、あそこのうさぎは捕っちゃ駄目・・・って言われているはずだけど。」
そんなの劉禅が守る訳ないじゃない・・・そう、費夫人は思った。
自分が皇帝、自分が一番偉い、そう思っているアホ君主に、何を言っても無駄なのも知っていた。
悪気がない、天然のアホだけに質が悪いのだ。
費禕も、娘の顔を見てそう思っているのを察したが、黙っていた。
「でも、あのうさぎ村にはすごい恐い茶色のうさぎがいて・・・・下手に近づくと、そいつに酷い目に合わされるって聞いたことがあるけれど・・・。」
「恐いうさぎ?・・・あの子上・・・じゃなかった、灰色くんより凄いの?」
「ああ。何でも、狩猟用の犬を半殺しにしたという、伝説のうさぎが・・・・」
費禕が眉を顰めて言うと、費夫人ははぁ?みたいな顔をする。
「まさか。うさぎでしょ?」
「そのまさかなんですよ。・・・・それを、よく陛下・・・捕まえたなあ・・・・」
「茶色のうさぎが死んだとか、旅に出たとか・・・」
二人はう〜ん、と首をひねって考える。
そもそも劉禅が自分で捕りに行ったとは一言も言ってないのだが、二人の頭の中ではうさぎを追いかけ回す劉禅の姿が映し出されていた。
「・・・そもそも、捕まえるの・・・無理そうですよね。」
「ええ。・・・ま、まあ・・・・そうですね・・・。」
費禕が姜維に話すと、これ幸いとばかりに、うさぎ二匹はうさぎ村に帰しに行くことにした。
姜維の部屋のみ、これ以上無いくらいあらされ、着るものは滅茶苦茶、寝台はぐちゃぐちゃ。
これでは折角自宅にいても全く気が休まらない。
それに・・・姜維は、すこしだけ思った。
自分も過去に、故郷を出てきたもの。自分は自分の意志だからかまわないが、このうさぎ兄弟(と既に認定されたらしい)は、無理につれてこられたのである。
戻してやれるなら、きっと彼らも嬉しいだろうし、自分も嬉しい。・・・・そういう事にして。
「伯約、それは欺瞞だ。自分を騙している。」
夏侯覇がおもむろに言った。
「本当は、ただむかつくから解放したいだけなんだ。自分だけ良い子になろうとするな!」
「・・・仲権殿・・・・たかがうさぎに・・・・」
費禕は呆れたように言ったが、夏侯覇は主張を曲げない。
だが、小声でこそこそ話すだけ。
目の前では、しくしく泣いているまだ幼い(といっても10才くらいにはなると思われる)娘に、一生懸命言い聞かせているのだ。
「お父様ひどい〜!!折角わたしに懐いているのに〜!!」
「泣くな。 うさぎはうさぎの世界の方がいいに決まってるだろう? 無理にここにつれてこられたんだ。・・・戻してやらないと可哀想だ。」
「でも・・・・・」
「では聞くがな、お前は犬ばっかりの世界に一人置き去りにされてもいいのか?」
「う・・・・・・」
この最後までごねた三番目の娘は、何より犬が苦手なのである。とはいえ、一番大人しいため、その犬と接する機会も無いのだが。
「な? だから笑ってさよならをしてやれ。」
「・・・はい。」
深く頷いた。そして、姜維はにっこりと笑った・・・。
「あーあ、かわいそ。欺瞞に騙された。」
「仲権殿・・・・あなた、伯約の家庭を崩壊させたいのですか?」
「いや。おもしろいからちゃちゃ入れてるだけ。」
でも、夏侯覇の読みも実は外れてはいない。
うさぎのためと言うのもほんの少し、一分くらいはあるが実は残りの九割九分は姜維自身の今後の安全と平穏の為である。
内心はるんるん気分だった。むしろ、本気で笑ってさよならだ。
これで部屋を荒らされることも、噛みつかれることも無いし、いらないむかむかが無くなると。
子供にもいい教育をしたと思いながら、大満足だったのだ。
うさぎは二匹とも洗われて、以前よりふかふかでずっと綺麗になっていた。
それぞれ、首にかわいい紐を付けられる。どうやら即席で娘達が作った首輪らしい。
「何だそれは?」
「迷子札。もし捕まっちゃったら可哀想だから。」
「あ・・・そう。」
その首輪についている小さな袋を開くと、こう書いてあった。
「このうさぎは成都の姜家のものです。名前は子上です。食べないでください」
・・・おい、やめろよ、うちのじゃねえ・・・・そう思ったが、確かに姜維の名を聞いてこのうさぎを食べようと言う勇者もそうはいないだろう、そう思って、我慢した。
せめてもの娘達の心づくし、ここで捨てたら流石に鬼だ。
そして、娘達が泣きながら見送る中、姜維はうさぎ二羽を籠に入れて、出発した。夏侯覇も一緒である。
「お前達・・・もてもてだったなあ・・・」
つい姜維が言うと、灰色の方はふふん、という顔をした。
「・・・やっぱやなヤツだな、お前。」
「・・・いつの間に、会話できるんだな、お前・・・」
「・・・・・・・・」
うさぎは、自分たちの村に帰れるのが嬉しいのか、大人しくしていた。
お互い耳を舐め合ったり、顔を撫でたりしながら顔を半分籠から出して、風にふかれて気持ちよさそうである。
「白い方は可愛いなあ。」
夏侯覇が言う。
「言っておくがそっちもオスだ。・・・灰色の方もな。」
「・・・あ、そう・・・」
別にうさぎにまで性別は求めないよーと思いながら、白い方を籠から出してみる。
良く見ると、右目の下にほくろのようにちいさい、黒い点があった。
おそらく模様だろうが・・・。
・・・なんか、子元を思い出すヤツだな・・・・
夏侯覇はちらっと思ったが、何も言わなかった。
もしこれを司馬兄弟に例えたら、姜維によってこのうさぎたちはこの場でバター焼きにされかねないからだ。
・・・お前達の味方じゃないけどな、バター焼きは流石にな・・・
夏侯覇はぶつぶつ言いながら、白うさぎを肩に乗せる。
その高さに 怯えてぴたーっと夏侯覇の首にくっつく白うさぎの毛が、ふかふかで気持ちいい。
だが、灰色のうさぎが鋭い目で睨んでいた。
・・・やっぱ、子上だな・・・このうさぎ・・・
くすっと笑って、灰色うさぎもとなりに乗せてやる。小さめのうさぎなので、余裕で二羽が肩に乗った。
「何してるんだ仲権?」
「いや、別に・・・・」
うさぎ二羽を肩に乗せて、遠くを眺める。
「それにしても、もう二度と捕まるなよ。・・・運良く皇太子妃に助けられたからいいけどもしそうじゃなければ・・・」
「うん、バター焼きもいいが、火鍋も捨てがたいな。」
姜維が言うと、白いうさぎはびくっとした。
「おいおい、伯約、あまりいじめるなよ。」
「いや、別にこいつらを、なんて言ってない。・・・なあ? 白うさぎ?」
白うさぎは涙目になってふるふるする。
灰色はというと、姜維を威嚇するように毛を逆立てていた。
「おーい、娘達のいない今、俺にさからったらどうなるか、わかってるよなあ? 雑巾。」
「・・・・・・」
ぎらりと睨む、灰色うさぎ。
夏侯覇は呆れて溜息をつく。
結局娘の前ででれでれなのはお前の方じゃん?・・・とまでは言わなかったが。
なんにせよ、大人げない・・・。
「無事に国境につくといいなあ。・・・剣門豆腐に練り込んでもいいと思うな。」
「やめろって・・・」
「雑巾色の豆腐なんて食べたくないけどな。」
くくく・・・と意地悪そうに笑う姜維。
夏侯覇は、「え?皮は剥ぐだろう?」と思ったが、余計なお世話と思い黙っていた。
「そうだ、毛皮は手袋にしようかな? でも雑巾色の手袋はちょっと嫌だなあ・・・・」
「・・・・・・」
夏侯覇は溜息をつく。
よっぽど姜維は頭に来ているんだろう。
だがしかし、相手はうさぎである。ここまで大人げないことをしなくても、いいではないか?
うさぎとの旅は数日かかり、ようやくその「国境のうさぎ村」なる場所に到着をした。
途中から歩いてそこへ近づく二人に実は危険が迫っていたのは、誰も知らない・・・。
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